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2022年07月03日18:19

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「メタモルフォーゼの縁側」を見て。〜あなたに出会えてよかった〜

大概、作品から受ける感動と云うのは、卓越した話術にマンマとのせられてだとか、明かされる事実やメッセージがもたらす衝撃だとか、受け身のものだけれど。作品で差し出される登場人物の出来事や行動に、見る側の半生で経験してきた、「好きな対象」を得て広がる世界観だとか、こうあって欲しいって細やかな願望みたいなものを照らしあわせられるお陰で、抱えている「愛着心」に光が差したように、自らを奮い立たせられるような感覚が得られるみたい。そんな自己確信から、暖かい活力が頭から体内を巡るのです。

三回忌を済ませた75歳の老女市野井雪は、夏の暑さに追い立てられるようにして駆け込んだ本屋で、表紙のカバー画の「美しさ」に魅せられて、求めるつもりの無かった漫画本を購入する。独り暮らしの一軒家で、遥か昔の「貸し本時代」には、存在してなかった作品世界を開くと、読み進めるうちに雪さんは、のめり込む。

これが、雪さんのボーイズラブ(BL)との出会いであった。自宅で、書道教室を営んできた彼女には、これまで全く縁もゆかりもないもので、ただ続きが読みたい一心で、本屋のバイト店員である17歳の女子高生である佐山うららに「教え」を乞うべく声をかけたのを機に、歳の差58歳の同じ嗜好で結びついた友好関係が、始まった。

漫画の描き手をメインに据えた作品なら、それなりに盛り上がりが仕組めるけれど。まさか、読み手にスポットを当てて、1本の作品に仕立ててくれるとは。しかも、劇中うららが、本棚ではなく段ボールの箱に収めて置かなければならないような類の「あぶな絵草紙」なのに。とはいえ、作品中に見る人を区別するような、その特異なジャンルへの言及には及ばないので、その点で、誰もが安心してご覧になれます。

意を決し仕事上がりのうららと都合をつけて雪さんが、その筋の師匠である年下の彼女を連れ込んだ喫茶店での二人のやり取りに、主役二人の技量が発揮されていました。ツレを亡くして味気ない独りの生活を送っていた老女雪さんに、唐突に訪れた人生の黄昏を生気で満たすトキメキで、周囲をはばからず「ボーイズラブ」と口にする言葉が声高になって。初心者故の純真無垢な気持ちを露わにする、宮本信子さん。

それに対して、突如現れた、年配の理解者に対しての喜びと、コミュニケーションへの不安の前に、本屋のお客だった老女が、他人の好奇の目を避けねばならぬ「嗜み」を、朗らかに開示する様子に居たたまれない表情をのぞかせたうらら役の芦田愛菜さんは、TVでの優等生イメージとは対極のコンプレックスの塊を体現します。

本作では、BL漫画本の「介在」ですが。それまで別の環境、異なる経験を経ている縁もゆかりも無い相手と何かを切っ掛けに、隔たりを飛び越えて、通い合うまでのもどかしさや、楽しさが、作品の二人の思いと見る側の経験が共鳴してきます。雪さんとの談話から帰宅後、箱に仕舞った蔵書から貸し出すお薦め本の厳選に頭を悩ませて、結局、絞り切れず沢山抱えて雪さん宅を訪ねるうららの心境も理解できますし。

炎天下、立ち昇る陽炎で歪む交差点の向う側で暑さを堪えて信号待ちをする、数名の歩行者たちの中に独り立つ姿を、冒頭が雪さんで、終盤がうららの映像で、月日の流れを抑えていて。団地で母親と二人暮らしのうららには、ことさら物珍しい、雪さん宅の平屋作りに設えられた縁側が、個人宅という閉じられたプライバシー空間なのだけれど、話の花を咲かせる二人を、緩く包み込んでいるよう。そして、うららを招いた時や、二人で出掛ける時の為に雪さんが支度する、カレーやサンドイッチの匂いや味が、特別贅沢な御馳走でなく、各家庭でも出される料理なだけに、写っただけでも、伝わって来ます。

特段、劇的な動きが無く、歳のかけ離れた二人の日常を淡々と活写していのですが、先に上げた、感性に沿うような描くツボを捉えているので、とても入り込み易いし。また、将来の進路への迷いだとか、幼馴染の男子同級生のガールフレンドと自身を比較しての劣等感が過るあららに対して、雪さんや、彼女の母親からの、「気がついたら、習字を教えていた」だとか、「まあ、とりあえずって、出来る範囲で目標を区切ったら」だとか、全く気負いの感じられない、緩やかな助言も、作品を色づけている。

とは言え、唯一劇的な「出来事」が、あるのですが。作中、読み手二人の世界だけでなく、彼女らを結び付けるきっかけとなった漫画を描く、古川琴音さん扮する、コメダ優先生が、執筆で行き詰まる様子も挟まれるのです。

例えば映画となると、新作の度、律義に来日するトム・クルーズ様でも、観衆との接触なんか、ほんのごく数分数秒の間でしかないけれど。愛好家のアマチュアとプロ作家の行き来の機会が、割と開かれている「漫画界」ならではですが。書いて来た通り、作り手から与えられた作品のお陰で、会うはずのない二人の交流の機会が与えられた訳ですが。片や送り手も、受け手からの「愛情」が、創作意欲を沸き立てるのを示す。しかも、そこに、前述した描写のポイントが、思いもよらず活かされていて。

当然、送り手在っての、我ら受け手が居るのですが、受け手も、作り手を支え得る相互関係を、その時確信させて貰って。そのシーンを目の当たりにした時、熱い血潮が、体内を駆け巡るのを実感しました。エンドロールには、本作の為に作ったかのような「これさえあれば」って歌を、雪さんとうららの歌声で流れるけれど、夢中になれるものを得た喜びが、計ったように歌詞に込められているのです。映画を見届けたら現実がまっているのに、作品の二人が、鼓膜を通して脳裏の隅に紛れ込んで。これから、誰かと「何か」について、通じ合えた時に、また、ひょっこり、語り合う二人の顔が過るかも。

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネプラザサントムーン 劇場�┐砲�

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