mixiユーザー(id:5919811)

2022年03月09日09:37

70 view

紀斉名の詩句

「芸術新潮」に三井記念文庫所蔵の古筆手鑑『筆林(ひつりん)』の写真が載っていた。
使われていたのは、同じページに貼られていた寸松庵色紙なので、この古筆切については解説なし。
しかし、ちょっと気になったので、出典を当たってみた。
漢詩と短歌が書いてあるので、『和漢朗詠集』見たら、ありました。
『和漢朗詠集』はつまみ読みしかしてないので忘れていたのだが、この辺、読んで、いいと思ったところだった。
「きみならてたれにかみせむゝめの花 いろをもかおもしる人そしる」
この短歌、『古今和歌集』春上に載る紀友則の歌で、前から好きな歌だった。
だから、高校の時、はがきに書いて、さる女性に送ったこともある。

今回気になったのは、その短歌ではなく漢詩の方。
「仙臼風生空簸雪 野鑪火暖未揚煙(仙臼(せんきゅう) 風生(な)って空しく雪簸(ひ)る 野鑪(やろ)に火暖(ひあたた)かにしていまだ煙を揚(あ)げず)」
作者は紀斉名(き の ただな)(957-1000)。
本姓は田口,のち改姓。橘正通に師事し,永延年間(987〜89)に方略試(官人登用試験)に及第。のち大内記,式部少輔などを歴任。名文家として知られ,「当時(一条朝)の名儒」と称される一方,大江匡房からその文体について古典を尊重しすぎて新意が全くないと酷評される(『江談抄』)など,悪評も目立つ。長徳3(997)年,延喜以後7朝の漢詩を『扶桑集』(12巻)として編集しているが,これについても匡房は批判的。この『扶桑集』は没した翌年,妻から時の左大臣藤原道長に献上されている。家集『斉名集』は藤原通憲の蔵書目録(12世紀前半)に載るが現存せず,その詩文は『本朝文粋』などに収められる。一説に享年は34とも。

コトバンクが引く朝日日本歴史人物事典によると、以上のようなことになるのだが、『本朝文粋』を見る限りでは、まだ国風の漢文を模索しているような時代ではなかったのか?

この句を見てみると、私注に「紅白の梅花 紀斉名」とある由。
岩波の古典文学大系本の注に、以下のようにある。
前句は「仙薬たる絳雪をひる。「ひる」とは、箕(み)で米をあおって糠(ぬか)などをふきとばすこと」
後句は「野一面に紅梅がさくのを炉にみたてていう。庾信の詩に「野炉に樹の葉然(も)え、山の杯(つき)に竹(たかんな)の根を捧ぐ」。鑪は火床(ひどこ)。いろり、ひばちの意。炉と同じ」
通訳しなくても、言わんとすることはわかるだろうが、前句は白梅の落花、後句は紅梅樹の姿を歌っているわけだ。
しかし、まるで実景感がない。
「雪簸る」という表現を中国人の作った詩で見た記憶は無いのだが、大江匡房の批判は、こういうところを指しているのか。
しかし、『本朝文粋』に採られている「落葉賦」はそんなにひどい出来でもなかったような。
源順の「河原院賦」の方がよっぽどひどい出来だったと思うけど。

この句、神仙が出てくるわけだけれど、都良香の方略試の審査(貞観11年 869)も神仙の問題が出て、模範解答として高く評価され、『本朝文粋』のみならず『和漢朗詠集』にも採られている。
それだって実景ではないのだから、斉名をそんなにけなすこともあるまいと思う。
この解説の「絳雪」は丹薬のことで、不老不死の仙薬なのだが、丹は赤い意味で「紅雪」とも書くことを考えると、白梅の意味で使うのはどうかなと思うが、臼で挽いている段階では白いと考えていたのかも。

しかし、一つの表現としては面白いと思う。
白梅は、突風が吹いて花弁が一瞬で飛散するさま。
紅梅は、一面に咲いているのではなく、モノトーンの景色の中に一本だけ満開の紅梅があり、剪定した枝を燃やす冬景色とは違って、真っ赤なのに煙をあげてはいないという情景。
実景感はなくとも、言わんとすることはわかるだろう。
全体が見たいが、この詩、この句が伝わっているだけで、全体像はわからないようだ。

中国人の作った漢詩は、中国人がけっこう読み込んで注釈をつけているので、日本人の漢詩を読み込むというのも面白いなと思う。
電通大の范建民教授だったか、日本人の漢詩を読んでみたいと思っていた方もいたが、さて、どうなったか。

10 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2022年03月>
日 月 火 水 木 金 土
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

最近の日記

もっと見る