「霜威塞を出でて早く 雲色河を渡って秋なり」
なんて句を吟じていたら、早秋ということで、『瀛奎律髄彙評』巻12に載る杜牧の詩を思い出した。
佐藤保先生のゼミで取り上げたので、予習してある。
左上に乙骨耐軒の『読瀛奎律髄刊誤条記』の引用を書き込んであるが、佐藤先生がこれも読んでくれて、「方評自久」はどういう意味かということになり、「日本人の発言なので、「久しい」かもしれませんよ」と私が言ったのだが、今にして思えば「久」ではなく「完」であったのだろう。
「方(回)の評は自ずから完し」というわけで、紀�瓦蝋麌召鬚弔韻討い燭�、乙骨完は評価しているということ。
こうしたことで、人は力量を知ることになるのだが、今となっては苦いというより、酸っぱい思い出である。
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