mixiユーザー(id:5919811)

2019年07月05日20:24

225 view

ふたつをひとつに ロボットと仏教

Eテレ「こころの時代」で森政弘(1927年-)東京工業大学名誉教授のインタビューを流していた。
聞き手は東京大学名誉教授でインド哲学の丸井浩氏。

この方、静岡県三島市にある臨済宗妙心寺派の龍沢寺住職で師家の後藤榮山老師に師事して臨済禅を修しておられたようだが、仏教は哲学として学んでおられたようで、二元性一原論について、「言葉で言うと二つになる 対象になるから 表現したらそうでなくなる世界がある」という話。
ヘーゲルやマルクスの弁証法とは違うもので、むしろ弁証法も二元の片方に入れて考えるような世界。
ウパニシャッドでも一元論として説いている考え方の延長。
何事も何物も、善用も悪用もできるということ。
世界に無駄なものなどない。
無駄に思えるのは、その活用方法を見いだせていないからだというようなこと。
映画「道」で、知恵遅れの少女ジェルソミーナが「私なんか何の役にも立たない。生まれてこなければよかったんだ」と泣くと、「そんなことはない。この石ころだって神様がお作りになったものだ。みんな何かの役に立っているんだよ」と慰めるシーンがあるが、神様を持ち出さなくても、仏教でもそう説いているんだという話。

彼の考え方を決定づけたのは、ノーバート・ウィーナーによって提唱されたサイバネティックス(cybernetics)理論で、機械も人間と同様のシステムで動かせるというもの。
心がどうのこうのということではなく、機械工学や医療のことだと考えるべき事柄なんだが。
それで、技術という「善」でも「悪」でもない無記の存在を生かして使うという発想から、ロボットコンテストを始めたというような話も。
まぁ、こうして心を「制御し過ぎる」と善が悪になってしまうこともあるとも言っていたが、教条主義的で反対派の存在を認めない、ヒトラーやイスラム原理主義者のような人々のことかなと思う。

「分担協調」は「みんなちがってみんないい」という考え方。
仏教の縁起の考え方から来ているという。
そして、自然に対する畏敬の念を持ちながら自然(じねん)の心でいることが地球の平和をもたらすだろうということも、お話として伺っておく。

いろいろ思うことは出てくるが、92歳という高齢で、これだけ話ができるということは すごいことだ。
ラストで「THE BUDDA IN THE ROBOT A Robot Engineer's Thoughts on Science and Religion」という本を読んでいたが、始まったばかりのロボコンにゲストとして登場して、目を細めていたころの情熱は健在なのかなと思う。

余談だが、いま「こころの時代」に月一回のペースで、正眼寺住職で師家の山川 宗玄師の話を流している。
この方も、臨済宗妙心寺派なので、何だか妙心寺が気になったりしている。
妙心寺展をやった時の図録なんかも、あるにはあるのだけれど。

フォト
13 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年07月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   

最近の日記

もっと見る