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2016年06月10日18:12

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「仏教芸術」94号「石山寺特集」 毎日新聞社 1973年12月

縁の薄いお寺で、行ったことなかったので軽視していたら、外典の古写本が幾つも国宝になっていて、見直してみたいと思って買った本だったと思う。

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佐和隆研の「石山寺の歴史と文化財」によれば、良弁僧正の創建と伝えられるものの、天平末年頃には檜皮葺の仏堂と板葺の倉。
他に数棟の建物があるだけの質素な寺院だったようだ。
それが、天平宝字5〜6年(761〜2)に一回り大きな仏堂に建て替えられ、四棟の僧坊、食堂、経蔵等を有する大寺院に生まれ変わった。
「三十三所巡礼記」などによると、本尊、塑像如意輪観音像の建立を発願したのは弓削道鏡だった。
762年までこの地には、淳仁天皇の保良宮があったので、その官寺にする意図があったのか、とにかく、平城京に都が戻ると、道鏡の失脚もあって勢いに陰りが出たようだ。
しかし、伽藍が維持されていたためか、醍醐寺・仁和寺を中心に活躍していた聖宝・観賢らがかかわりを持ち、観賢の弟子だった淳祐(この人は菅原淳茂の子で、道真の孫にあたる)が隠居所のつもりで来て、優秀な学僧を育て、鎌倉以前の典籍を後世に伝えることになる。
この論文については誰かが検証して訂正を行っていたと思うが、思い出せないのでこのまま載せておく。

とにかく、紙背に写された外典で国宝になっているものが少なくないのは淳祐が菅原道真の孫であったことと関係するのかもしれない。

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もう一つ、角筆の研究で1991年学士院賞・恩賜賞受賞、2000年勲三等旭日中綬章受章になった小林 芳規がここで「石山寺所蔵の角筆点資料について」という論文を書いている。
当時は東京教育大学教授だったが、出世の糸口になったようだ。

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