翻訳する時には、まず調べなければならない。
これは、古語を現代語化する時も同じだろう。
中国の古典を翻訳する場合、鳥や獣が、中国にはいるが、日本にはいないものもある。
逆に、日本にはいるが中国にはいないものもある。
そして、中国から日本にもたらされているが、認識が変わってしまったものもある。
例えば、モクレンは中国のものだが日本にもある。
コブシは日本の固有種で、中国には無い。
前者は「木蘭」でどちらの国でも理解できるが、コブシは日本でしか理解できない。
もちろん、いまは中国でも栽培されていて、名前がつけられているのだろうが、実物を持ち出すことが難しかった時代には、空想で埋めるしかない場合もある。
それが学者の間で常態化していないかという話だろう。
例として挙げたのは詩経の周南に載る詩で、読みこまれている雎鳩は日本で「ミサゴ」と呼ばれる鳥。
ノスリやトンビのような猛禽類。
鳴き声を拾うと、ノスリはこれ。
https://www.youtube.com/watch?v=FGxhoiQbLa4
ミサゴはこれ。
https://www.youtube.com/watch?v=IDpGsERn5OE
詩経では「関関(guānguān)」と鳴いているように書いてある。
これを、先人たちはこのように訳している。
英訳は、韻を踏むために行を入れ替えている。
しかし実際には、「ピイピイ」というような鳴き方。
とても「グアングアン」とは聞こえない。
それを、「かあかあ」とか「くっくっ」とか「coo」とか書いているのはなぜなのか?
中国で詩経の研究を長年されている方でも、松岡先生がPCで聞かせると「初めて聞きました」という方がおられたとか。
結局、机上で解釈を考えていて、それで済ませていからこういうことになるのだろうということ。
植物では「本草綱目」など、昔から薬の探求用に研究されてきたが、それでも、実際にその草を見たり栽培したりして注を付けている人はほとんどいなかったかもしれないのだ。
植物の話も具体的にされたのだが、それはまた機会があれば書くことにする。
彼の、他の研究者に関する逸話は大変面白いのだが、悪口と取る人もいるだろうから、完全に今の仕事を離れるまでは書かない。
というわけで、とても楽しい時間を過ごすことができた。
今週は彼の最終講義があり、再来週は内閣文庫まで私が行かねばならない。
楽しいのだが、最近ニートがつのっている私にはめんどくさいことでもある。
ログインしてコメントを確認・投稿する