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2015年05月31日10:54

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英彦山の梵字

よそのSNSで英彦山に登って鳥などの写真を撮っている方が、偶然見つけたという梵字の三尊碑をアップしていた。
薬研彫りのすばらしい碑なのだが、撮影した方は梵字であることしかわからないという。

見ると、上にあるのがキリークで普通は阿弥陀如来。
阿弥陀三尊だとすると下の二つは観音・勢至の二菩薩ということになるのだが、下右がバクで釈迦如来。
下左はキクで如意輪観音のようだ。
九州の修験ではこんな三尊を刻むのかと不思議な気がした。

近くに、不動明王をやや大きく、続いて阿弥陀如来・釈迦如来・大日如来を刻んだ梵字の碑があるようなのだが、それと関係があるのかどうかもよくわからない。
そもそも、九州の修験道自体よく知らないのだ。
それで、ちょっと調べてみた。

英彦山は、四十九窟と称される寺院を擁して、地域全体が霊場になっているようだ。
こうした形式は国東半島の六郷満山くらいで、全国的にも珍しいのっだそうだ。
自分としては、例えば以前は中禅寺があって、単体で山を祀る筑波山とは違うという分類なのだが、筑波は筑波で、足尾山から加波山に連なる連山で修験道が盛んであった時期もあるので、そう簡単に分けられるものではない気もするのだが、まぁ、今の常識ではそうなのだろう。

この英彦山を最初に開いた人は、藤原恒雄だといわれている。
詳しい伝記はわからないのだが、この人、ホントに藤原姓だったのか疑う研究者もいる。
恒雄は、桓雄の誤写ではないかと言う説なのだ。

桓雄という字を見て「ん?」と思った人は、かなりの朝鮮通だ。
「三国遺事」に、檀君神話というのが載っている。
その神話で、帝釈天の化身である桓因が、子の桓雄に三個の天符を授けて白頭山に天下らせ、女人に化した熊と契って産んだ子が檀君王倹であるという。
それが朝鮮人の祖になるわけだが、日本の天孫降臨に似たこの神話、「筑紫の日向の高千穂の峰」だけではなしに、霊山として存在することになる九州の山には割合残っていた話なのかもしれない。
つまり、九州の霊山を開いたのは朝鮮系の人たちではないかと言う事にもなってくる。

思えば宇佐八幡宮の祭神も、一柱は渡来系の神だった。
九州と言う地は、地理的にも近い大陸の文化的影響を受けもし、人的交流もしていた地域ということになるのだろう。
当たり前と言えば当たり前のことだが、スルッと抜け落ちていて、日本とか日本神話とか言う次元で考えていたら、見解を誤りそうだなと思い直した。

で、梵字の三尊なのだが、本当に如意輪観音なのか?なぜ如意輪観音なのか?全く分からなかった。
山中で修行中に、この三尊が蔵王権現の如く顕現したので彫ったということなのであろうか?
まぁ、そんなことなら霊験記に書くよなぁ〜などと思う、今日この頃でした。
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