他者との「摩擦」を避けて互いの関係性を誰も傷付ける事なく取り持つべく。依頼者の望む家族とか想定人物になりすまして報酬を得る極東の地ならではのメンタリティに成り立つ奇抜な「お仕事」を描くハリウッド製作品。
小粒でも世界的に評価の高い作品を送り出す、サーチライトピクチャー提供で。オスカー最優秀男優賞獲得のブレンダン・フレイザーさんが、製作者も兼ねているだけあって、外国人目線に奇抜に映る日本人の国民性をあげつらうのでは無く、お金を得て「フリ」で接するとは言え、他者と向き合う難しさとその中で得る代え難い喜びを丁寧で真摯な語り口で見せており、広くお勧めし易いです。
オール日本ロケのハリウッド作品を見た記憶は、高倉健さんが中日で指揮を摂っていた頃の特に血の気が多かった星野仙一さんをモデルにしたプロ野球監督に扮する「ミスター・ベースボール」まで遡るかなぁ。
外国の方に思い当たる代表的なランドマークに留まらず、我が国の地方都市に住む者にとって行った事は無くとも、「生活」が皮膚感覚で伝わる背景の切り取りをしているうえに、ポスターイメージになっている本編の核心的場面でもある神楽坂では恒例行事の「化け猫フェスティバル」も、日本人ではない共同脚本のスティーブン・ブレイハット氏の肝いりで劇中想定されるも、例の脚本家や俳優組合のストの煽りで秋の開催時の撮影が流れたのを翌年春に主催者側へ働き掛けて再現したのだとか。今の日本を舞台にした、世界に向け広く触れて貰いたい作品として創られているうえに、ハリウッド俳優を囲んで馴染みある日本の俳優さんが絡むのです。
作品の評価自体には関係ないとは言え、背景となる独自のカルチャーが切り取られるシーンの一つで、ピンクレディーの「渚のシンドバッド」のフレーズが流れて。エンドロールの挿入歌記載のローマ字表記で曲名が現れるのも、流行った当時を知る者としては余計な感慨も押し寄せたりして。余談でしたが。
ブレンダンさん扮するフィリップは、キャリアが燻ぶっている役者稼業の独身男性で。たまたま歯磨き粉のCМモデルがウケたのを機に、ずるずると日本に居座っているところ。スポット仕事として、生前葬(故人役は、チラシ等で告知されてなかった宇野祥平さん)の参列者として駆り出されたところを、レンタル・ファミリー業の社長多田(ハリウッドで活躍する平岳大さん)に見込まれて、白人には理解しがたい極東の怪しいお仕事に係る事に。
作品は、フィリップの重大案件である、外国人夫と別れたシングルマザーの依頼で私立中学試験を控えたハーフの娘の「受験対策」父親役と、記憶障害が時折起こる映画界のレジェンド俳優(ついに海外に知られる柄本明さん)の娘からの依頼で彼の記事を書くテイで話し相手をする為の外国人記者役の掛け持ちにあって、「お仕事」である事を知らされていない女の子と老俳優との係わりを通じてのフィリップの戸惑いから役割への没入を通し他者と係わり受け止める事で得る歓びや悲しみといった彼なりに得た「学び」に至る経過が物語の主幹となる。その間、多田や同僚の女性である中島が直面する、親族とか依頼される役割「代行」を通してこの仕事の矛盾や混乱と共に、先輩社員とフィリップとの交流からのレンタルファミリーチームの連帯が産まれて、概ね「暖かいムード」で満たされている。
極東の地で発案された「ビジネス」を、奇異の目で捉えて終わらず。他者との係わりの度合いを何処まで進めるべきなのか、舞台となる風土や精神性を損なわず作品を国籍問わず広く差し出されるのだけど。
主人公フィリップが、役者の端くれであるのに端を発して。頭に過るのは、他人との付き合いや繋がりにあって相手が望むものや置かれている背景や状況をコミュニケーションやこちらの感性でもって受け取って、こちらの言動によって返すことで関係性が築かれるのだなと。フィリップは、それまで「仕事」ではイマイチであったのだけれど、想定されでも目の前には居ない観客ではなく、このお仕事対象はすぐ目の前の実体なので演技の勘や機転のスイッチが良い具合に入ったのだろうか。オーディーションと違って、失敗しても、まだ次に反省は活かせられるのもあって、相手に入り込む事に成功する。
親密な関係が出来上がるのは良いけれど、依頼者の想定を超えて、過剰サービスやお節介の域に入るってしまう。その良し悪しは、見た受け手が考える事として。日常というか、大袈裟に人生まで拡大しても良いけれど、他人と対する中のフリというか「演じる」って事をここ最近見た「ブゴニア」、「木挽町のあだ討ち」と、全く作品の表装は重ならないながらも考えたりして。
作品によって、登場人物の持つ「勘の鋭さ」だったり、その人自身というよりも協力者の「支え」だったり。その発揮のされ方は違いましたが、先の二作から本作「レンタル・ファミリー」まで演者自身が発揮する演技に魅入られつつ、その奥の演ずる意味合いまで思いを馳せてしまって。鑑賞選択が、何と良い具合に三本連なったのでしょう。
本作では、お仕事のためフリに肩入れし過ぎで目的を逸脱するとか、お客さんと思わぬトラブルを招くとか、その為に「自分を見失う」弊害もあって。
劇中、柄本明さんの御供で寄った神社の拝殿にフィリップが、中に置かれているものを尋ねるのだけど、柄本さんは、敢えて答えず濁して立ち去る。重大案件に区切りがついて、偶々フィリップが道すがらその時の神社を見かけ入り行って。拝殿の中に備えられた「神具」を見て、納得の表情を浮かべるのだが。「そこに写る姿を確かめていれば、大丈夫」と、天から語り掛けた様にも捉えられて。作品が心に留まる。巧い締めでした。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネマサンシャインららぽーと沼津 シネマ8にて
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