レジェンドカメラマンの木村大作氏が、フィルムに拘って撮った冒頭の水平線に重く垂れ込んだ雲がのし掛かって、夜明け直前の冬場の厳しい寒さが滲む色調の日本海を捕らえた映像は、独り漁船を駆って漁に出る主人公の残り少なくなった余生の先行きにも重なるのだが。
行き詰まりを打開すべく、雲の切れ間から僅かに射す昇り始める太陽のひかりに向かい求め舵を切るかの如く。寄る辺なき男が自身を省みる機会を与えてくれた血の繋がらない少年のために微かな望みに託して残された時間を賭ける姿が胸を打つ。
「ヤクザと家族」で、ハンパ者だった綾野剛さんを導いた組長役で好演した舘ひろしさんを主役に迎えて、藤井道人監督が再タッグを組むと聴いて、本作の完成を楽しみにしておりましたが、見事期待に応えて頂きました。
社会的問題提起作を送るスターサンズと共同製作ではありますが、東映の「十八番」の任侠ものに、古典的名作であるチャップリンの「街の灯」を融合させて。石川県能登半島や富山県のロケ効果で登場人物の心象を際立たせつつ、ハートウォームな要素と、アウトローを描く作品らしく身を削るヒリヒリした感覚に、盲目の少年との係わりから運命の歯車が軋んで、悪事を企む者が辿る因果な宿命と、お話から派生するドラマ要素を巧みに取り込む。主役を取り囲む演者も、適材適所、非の打ちどころのない方達を集めております。
こうして書いていると、また、喉の奥がイガイガして来て涙腺を刺激し始める。見て損のない作品なのに、どうして動員が少ないかな。
ワケあって先代組長から除籍された元若頭で、今は独り漁船に乗って細やかな漁をして余生を暮す舘さん扮する三浦が、同級生達や遺産をたかるだけで親らしい事をしない叔母と内縁の夫に虐げられた盲目の少年幸太と出逢う。彼が、そうなった経緯には、三浦が以前に所属した「世界」の影が及んでいた。
三浦としては「償い」の思いは勿論、幸太とは誰にも顧みられない存在であるのも重なる以上に、裏社会に身を置き、組長に心酔し、信じて歩んだ信条の再肯定を図ろうと、赤の他人の少年に肩入れしている。
彼が幸太の置かれた状況と、彼の視力が回復する可能性を知り得て。そこから救うべく三浦が捨身の行動を取って、少年の前から姿を消す。そして、三浦のおじさんの姿かたちや、どうやって自分の目にひかりを与えてくれたのか知り得ないまま成人となった幸太と三浦の12年後の再会へと展開する。
ご自身が所属した事務所の創設者が映画全盛期の寵児石原裕次郎氏であるから、舘ひろしさんには映像の世界を背負っているかの雰囲気が漂って。幸太少年を、保護者に内緒で街へ連れ出す時、ボロ屋の玄関から姿を現した彼の姿を認めた時の目尻の皺が嬉しさで緩むアップに、風雪を耐え乗り越えて創設者から受けた薫陶を護って来たからこそ、表情から目に留まる「優しさ」が自ずとこぼれているかのようで、胸を撃ち抜かれました。
汚れた身であるからこそ幸太の前から去れねばならない心中が誰の目にも明らかな場面に加え、12年後居場所が割れてしまって、目が見える青年幸太と三浦が初めて対面しベンチに並び座って話をする場面は、嗚咽一歩手前で踏みとどまる。
幸太の成長を見守りたい思いを抑えて、自分みたいな「キズ者」に関わったら迷惑が掛かると身を引かねばならない切なさは勿論なのだが、成長した幸太に扮する眞栄⽥郷敦(男前に成長するのぉ)から、手術で目を直してくれたうえに、叔母たちから縁を断ち切り孤児施設へ環境を変えて教育を施してくれた感謝と、成長の間もひと時として三浦の事を忘れなかった旨を告げられて。他人である幸太の存在が、自身の半生の意義や信条を肯定しているのを確信するからこそ感涙を堪える三浦の姿に、心揺さぶられるのである。
お天道様の下を歩ける身分ではあるものの、年月重ねて半生を振り返る区切りに立ったのもあって、余計に舘ひろしさん演じる三浦に感情移入してしまうのかもしれないけれど。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネプラザサントムーン シアター7にて
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