アーティストの「伝記」ものではあるのだけれど、単に生涯に於ける「盛隆」、つまり経歴における浮き沈みを持ち歌で飾って紹介する仕立てではなく。BOSSの愛称でよばれる音楽シーンの象徴的存在と見做され、おおやけの存在が個人的な部分を浸食してしまっているところから、当然普通の人達とは同一視は出来なのだけれど。生きているうえで抱える自己実現への思いだとか、それに伴う犠牲に相手に与える失望や、親しい人との過去に纏わる囚われた気持ちだとか。そういった抱え込んだ諸々の葛藤がモデルの半生を通して丁寧に描かれていいて。従って普段から映画と対峙する事に慣れている方であれば、BOSSを知らずとも得るものは多いと思うものだけれど、世知辛い今日日、そんな内省的な内容では簡単には腰が上がらないかな。
1982年、ブルース・スプリングスティーンは、それまで発表して来たアルバムとそれを引っ提げてのツアーで世間を湧かして来た。しかしホットなロックスターと見做す聴衆やレコード会社の受け止め方や思惑に違和感を拭えず。「表現者」としての発信意欲と過去の父親との「確執的部分」にわだかまりを抱える自分が世の中の雰囲気の中で形骸化されるのを肌で感じた彼は、マネージャーのジョンに手配して貰ったニュージャージーの人里離れた一軒家で生活を始める。スタジオ施設など備えてない家のリビングで、懇意のエンジニアに用意して貰った4トラック分しか音源を拾えない最低限の録音機を前にアコースティックギターとブルースハーモニカを携えて、その地で書き下ろした楽曲を歌い演奏し吹き込む。
当時、私ですら手に入れたお化けヒットアルバム「Born in the USA」の前作、「ネブラスカ」製作の頃のモデルを追った原作をベースに、発表したレコードの中では、先に書いた通りバンド楽曲の重厚さとは対極の質素で出力の弱いサウンドながら、その後発表の売上は勿論、国粋的なタイトル印象と裏腹な告発的歌詞で絶大なインパクトをもたらしたヒット作の「助走」として、彼の社会的な事件や生活者としての実感と心境が籠められている。
今年前半には、現代っ子であるシャラメ君が偉大なノーベル賞シンガーの60年代当時の実像に重ねた「名もなき者」があって。後世に語られるだけのアーティストが持ちうる、突出した才能・表現力とそれを醸成するその人の人格や嗜好、特に対異性面や交遊、生立ちと云ったパーソナルな部分と併せて作品で体感する機会に恵まれたワケですが。本作を見る限り、スプリングスティーンは、真面目で誠実なんだなぁとこれまで受け取った印象を更に上書きしました。
楽屋口で待ち受けていた高校時代の同級生だかに紹介された妹と、懇意な仲になるのだけれど。だいたいがアーティストは、ワガママなもので。特にロックなんてチヤホヤされたい輩が多いと決めつけに掛かるのだけれど。幼い女の子を育てている彼女は、しがない飲食店のウェイトレスだから、同業でも無いから自身の音楽に刺激を与えるでもなく、一緒に連れてステイタスを上げてくれる存在でもなく。脱線するけど、「BlueGiant」の主人公宮本大が、米国大陸横断で知り合った、シアトルのコーヒー店店主女性との遠距離恋愛を詰めようとしないように、「創作」に没頭すれば愛情関係からは遠ざかるし。ロックスターと一緒になれば、巻き込んで母娘の生活を壊すだろうし。血の繋がらない娘を扶養する気もなかっただろうけれど、相手との関係を自然消滅させる事も出来たのに、Bossは彼女と正面から向かって、エライな。
喉に刺さった魚の骨のように、頭にこびりついた遠い記憶として、粗暴だった父親との幼き頃の生活が白黒映像で挿入される。「男はつよくあれ」と言葉で伝えるのではなく、父は丹下段平よろしく、息子にボクシングのスパーリングを強要するわ。連れてゆく映画が「狩人の夜」で、刑務所に入っている父のセイで、元囚人から怖い目にあわされる子供達の話で、一体どういう選択なの、お父さん。父親自身や、そんな父に耐えていた母親の事を思い返して。幼かったからムリも無いのに、事態を変えられなかった自身を度々振り返るBoss。「あの時ああしていれば」とか、誰もが抱えるという点では、アーティストも一緒だし、だからこそ、活動の「原動力」でもあるのが見て取れて。
たまに街に出て地元バンドのサポートで客演するのが息抜きのロックスターは、酒とドラックとオンナでウサを晴らせばいいのに、Bossは逃げずに対峙する。その辺りの描写を端正に積んでいて。代表曲の演奏場面も、ツカミの部分とか出て来るのだけれど。そういう方向に走らず。「明日なき暴走」みたいに楽曲露出は抑えて、心情を綴っていて彼のファンや興味本位の人達をもてなすのではない分、間口は広く、咀嚼力をもった方には見応えはあるハズ。
そんな彼だけれど、自身の音楽への「創造」には手を抜かず、妥協も辞さない。
シンガーソングライターって、当然作り手自身の経験とか交友関係や観察から楽曲を編み出すものだけれど。Bossも、創作ノートにフェルトペンで、思いつきを書き留めたりしている。そこには、「Born in the USA」の収録曲名も走り書きされていて、「2枚組になる
?」とか、心中に過った言葉も文字書きする。TVの映画放映で「バッドランズ」を目に留めて、描かれた実際の事件を題材にした曲を思いつくのだけど、図書館に行って背景を調べたりして。ただ思い付きで書くのではないのが、映像として再現されるのが興味深かった。
スタジオ入りして「Born in the USA」を、久しぶりに彼のバンドと一緒に演奏する場面は、Boss役のジェレミー・アレン・ホワイトさんの「再現力」と相まって、ブースで聴くスタッフ同様、彼らしい熱い力強さに鳥肌立ったのだけれど。4トラックで録音したアコギのみの楽曲を新譜として出す事にBossは固執し、音もそのままレコードに吹き込む事を主張する。それを受け止め、会社やエンジニアを動かしていくマネージャーのジョンも、アーティストの最初の理解者として毅然と立ち回る姿も、演じるジェレミー・ストロングさんが彼への理解と愛情を巧く言動をもって表現していて、Bossとの絆を実感できました。
サクセスストーリーとして描くなら、アーティストの揺れる心情を乗り越え周囲の支えもあって苦難の末産まれたアルバムがチャート一位を獲得て、その収録曲を歌う場面で閉めるところなのだけれど。それを外しているように、アーティスト賛美ではなく、人物像を提起して見る者に各々感じ入ってもらう事に徹して、安直なウケ狙いを捨てている。ステージを降りて来たBossを袖口で待ち受けていた人との邂逅場面は、1人の人間が悩み苦しんだ末に得た「報い」として、心にほのかな希望の灯をともす。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネマサンシャインららぽーと沼津 シネマ��にて。
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