「いいじゃないか、いいじゃないか」原作者も手掛ける音楽にのせて、注文した食事を掻っ込む松重豊さんの当たり役の「心の声」に食い気を煽られっぱなしのファンであれば、迷わず出掛けるべきかと。
積み重ねた製作歴の長さで、国内に留まらずアジア隣国でも親しまれるテレビシリーズは、貿易雑貨商を営む井の頭五郎が、仕事で訪れた街で空腹を満たそうと探し当てた実在する食事処で、独り食事を楽しむドキュメンタリーグルメドラマである。取引するお客や、入った食事処の店主店員に俳優や旬のタレントを配する事はあっても、主人公五郎が食欲に突き動かされ、グルメアプリの評価とかに頼らず自己の「カン」だけで入った飲食店で、自分の嗜好とその時の気分、周りの客の注文と、メニュー解析に基づき注文の戦略を練る。
いたって痩せ型の五郎であるが、他人二倍、いや時に追加オーダーも含めて他人三倍の品を注文して。頂きますとごちそう様の入りと出のケジメをシッカリ付け、昭和世代らしくダジャレ的な形容も小気味の良いアタリメニューを引き当てた歓びからの「心の声」と共に、結構なボリュームを平らげる表情からしておいしさ、食の悦びが伝わって来て。自分はと云えば、料理の中味より先に「値段」から入って注文を決めがちなので、自分がその時「何を欲しているか」の本心に忠実に注文して、店の中独り満足に浸る彼はある意味「最良な人生」の体現者である。
少々、大袈裟になったけれど、本作を自ら手掛ける前の松重豊さんは、「ただ、中年オヤジが食べているだけの番組」と自嘲気味にコメントされておりましたけど。私と同じように松重さんならではの所作やモノローグにも惹かれつつ、井の頭五郎の「食の行状記」を長年楽しまれておられる方は多い事でしょう。
映画に進出するにあたって、そういうことで長年のシリーズでは仕事では人と絡みそうになりかけようとも、「五郎独り」を貫いていたけれど。話の発端が、昔の恋人の老い先が見えて来た父親のこの世の未練である幼少期の味わった出汁の味を探すという、人情やしがらみ一杯で。無茶ブリに振り回される五郎という「入り」自体は変わらないのだけれど、昔の絆もあっての「人の為」に動いて。初めて入る店では、メニューの組み立ても論理的な五郎さんですけれど、映画版では、その冴えを発揮する場が無い代わりに、他者に対しての働き掛けだとか、五郎自身の感情の揺れが散見されます。
パリ辺りは、ロケ予算の規模を伺わせる街並みと人物の合成っぽさが目に付くも五郎さんに大きなブレは無かったですが。長崎の五島列島で、離島を結ぶ定期船を逃したところから、スーツ姿でちよっとの波にも弱そうなパドルボートを拝借して無謀にも単身向う島へ海を渡ろうと強引な行動に出る辺りから五郎さんは冷静さを欠いている。
そこから問題解決の糸口となる内田有紀さんとの出会いとなるのですが。彼女が居るのが韓国領の海辺か島みたいなところにある「食物研究所」なんだけれど、まるで地上の竜宮城みたいな唐突さというか、リアル感の薄い出現に思える。まあ、そんなんだから、護衛兵兼用務員的な、一見ジョン・ステイサム風の厳ついマッチョガイが居ても遜色なかったりして。映画版で、名の知れた演者さん達が客演されている中、名も知れぬこの方は、見た目とは意外なスキルと、想像し難い面倒見の良さで五郎の助っ人となってくれて気に留まりました。
今回も、馴染みの五郎さんの食事場面は出て来るのですが。これまでモニターで見たシリーズのものとは違う所もあって。まず、「食品研究所」の食堂では、彼の座るテーブルの向う側に内田さんはじめとする女性スタッフがズラッと並んで五郎が食する一部始終を眺める光景となって。更に、韓国の入国手続きで待ち合わせの間の空腹に耐えられず、後から来た現地入国官のユ・ジェミョン氏を彼が陣取るテーブルの隣に待たせたまま、現地飲食店で食するのだけど。何時もの松重さんの「心の声」に加えて、この映画版の中では初めて彼に接する事になるユ・ジェミョンさんの「心の声」の追奏となるも、やはり五郎さんの食べっぷりからの素朴な印象「なんて、美味そうにたべるんだ」って心の底からつい出て来て。
この件は、後の東京に舞台を移しての展開に繋がるのですが。松重豊さんとは、バイプレーヤー同志であるあの方の役柄も含めて、この長寿番組が如何にして作られているかを客観視して見せると共に、名の知れぬ食材の提供者に加え紹介して来た店の店主店員らへのこれまでの感謝と、日本の視聴者並びに海外の取り分け近隣国でただ飯を食べるオジサンを暖かく受入れてくれたかを改めて提示しつつ支持への謝意が示されて。最後の食事場面は、日本の最強国民食を取上げると同時に、絵柄が伊丹十三監督の「タンポポ」に重なると思ったら、インタビューで松重さんもそれを語られていて「我が意を得たり」と膝を打ちたい心境。
特に奇をてらった撮り方をせず、話の構成や見せ方に、あたり役とそれを仕立ててくれた番組スタッフへ賛辞も籠められていて。松重豊さんが監督脚本を手掛けられて、正解でした。
エンドロール後に、「壁」を超えて観客に語った一言は、長年役を務められた「自負」ともとれる。そして、入った店は放送第一回目の焼き鳥屋だったような。ウル覚えですけどね。
これは、これでシリーズが帰結するのではなく。「初心」を忘れず、この先も井の頭五郎を演じてくれるという意志の現れと受け取りたい。なので、都合の付く番組ファンの方は、是非とも1度、劇場に駆けつけてくださいな。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネマサンシャインららぽーと沼津 シネマ1にて
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