去年の賞レースで評価の対象に上がっていた「月」は、見送ってしまいましたが。手掛けられるテーマについて、登場人物の判断の欠如に疑いが過るフシが否めないくらいに、極端な困窮状況として見せる傾向が、石井裕也監督作品に自分は伺えてしまって。
本作のお話として宣伝で紹介されるのは、AIの技術でバーチャルとして復元した母親と天涯孤独となった青年の対話を通して、倫理観だとか生命の価値を問うかのニュアンスで受け止めていたのですが。作品公式HPの原作紹介では、2040年代が舞台とありました。しかし映画は、原作から時計を戻して2025年の超近未来。細かくは触れないですが、幾つか近未来的設定が散見されていて、登場人物の形作りにも繋がる冒頭の明かされない「過去」も含むとSFサスペンスの作風へと舵を切る事も出来たであろう。
もちろん、その世界観を映像で構築するには製作費も掛かるだろうけど。本編では、理詰めの世界観を構築するとかサスペンスの伏線を張るとか目もくれず。これから世の中が進む方向に疑問を投げかけ警鐘を鳴らしつつも、そんな中もがく主人公に僅かな「望み」を託す信念にまかせて突っ走るかの創意でもって見る者の感情を揺さぶりにかかっている様で。けっして、スマートな作りでは無い分、もどかしさも拭えないし、多くの事が散らからし放し感も否めないけれど、自分にとっては、この無骨さを含んでも好意的に受け止められる。
本作では事務所から独立し自らこの原作の映像化を働き掛けて入れ込む池松君扮する朔也(さくや)は、目前で増水した河に入水する田中裕子さんの母を助けようとするも叶わないどころか自身も1年近く掛かった昏睡から回復する。高校時代に発作的に及んだ凶行から前科を負っているのもあって就職がより困難なのか。前職からつるんで来る世を斜めに見てすねている悪さ漂う同僚水上恒司クンに誘われるまま、「リアル・アバター」なる仕事に就いてしまって。
その仕事というのが、スマホを括りつける棒を片手に持ち、カメラ搭載のゴーグルメガネを付けて依頼者に頼まれた事を行うという。アバターとか呼び方は先進感があるけれど、自分が「操り人形」同然となって、意思も尊厳すら押し殺して依頼者の言われるままに指示に従わねばならず。最初、田中泯さんの臨終高齢者の代わりに思い出の地を巡る件は、「人の為になった」って実感も伴うけれど。後は、「お金を払う者に従え」とばかりに、理不尽な要求を押し付けられるどころか、労いの言葉すら掛けられず。スマホから聴こえる、あざ笑いや罵声に寒々として来て。そして、困憊して家路についているところ、管理するAIの機械音声で電話がかかって来て、先の顧客の評価で仕事を解雇する水準に近付きつつあると冷たい音声で告げられるのだ。
朔也が、後に自宅のガスを切られるまで生活に追われるのも省みず、有り金を継ぎ込んで、入水自死した母が、あの日の朝自分に言いたかったことを聴こうと仮想世界に呼び出すプログラムにつぎ込んだ事の是非よりも、今の貧富格差やSNS社会における対象者への誹謗中傷をより拡大して告発する事に比重が高まっていて。想像される倫理の歪みとかデジタル社会がもたらす不安に掻き立てられるのではなく、耳や目から入って来る年が明けたら否応なしに直面する社会が発する嫌悪感にたじろいでしまいます。
もちろん、一番追い込まれるのは朔也である。リアル・アバターの仕事も、偶々出くわしたリアルな人間の不条理な行いにキレてクビになって負債に追われるのだが。そこに救いの手を差し出した車椅子のIT成功者の仲野太賀君も、「十一人の賊軍」でのヒロイックなカッコ良さが吹っ飛ぶゲス野郎で。
母のバーチャルデータ収集の為その昔母と同僚だった三吉彩花さんを、彼女の避難所生活を不憫に思って、自宅の部屋を貸して朔也は住まわしていたのだけど。借金の肩代わりに、彼女を紹介しろと太賀君に迫られて。ここでも、朔也の存在は蹴散らされて。集められたデーターで、「肉付け」が進む母は、一緒に暮らしていた頃知り得る事のなかった事実を突きつけて来るわで。母の本心が何であったかよりも、ここまでの流れの中でそれを見失っているのは、朔也自身なんじゃないかと。
やはり、過去に傷を持つ三吉さんに対して、距離を置くようにして関わらないでいた朔也であったけれど。ひとつ屋根の下に暮らしていれば、「生身」の彼女を実感せざるを得ないし。
リアル・アバターの仕事で、経験する事のなかった高級レストランでのステーキ肉やワインの味わいに、心地よいピアノの調べ。太賀君の援助で、生活の見通しが立って、彼女をそのレストランに連れ立って行った時に、朔也自身に「本心」が降りて来たかのようで。
高度な情報技術によって果たして人の気持ちが知れるかという問いよりも、明日の生活こそどうなるのか不安しかない中で、模索するかのように突き出した朔也の手に添えられるように画面下から「もう一人の腕」に、一縷の望みを見せていて。いろいろと収まり悪い部分があるのに、このショットに魅せられたのでした。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネプラザサントムーン 劇場�イ砲�
ログインしてコメントを確認・投稿する