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2024年06月16日23:45

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「映画 からかい上手の高木さん」を見て。〜程よい関係を保ちたくとも、友達と恋人の境を定める時は来る〜

出掛ける当初は、さすがにオジサンには「気恥ずかしさ」が先立っていたのですが。
本作公開同時期に数多ある社会的問題を意識した作品とは、まったく対極的です。気に掛ける相手に対して正面から向き合って、その想う気持ちを結果はどうあれ誠実に相手に伝える意義を作り手ならではの「見せ方」でもって、若気に満ちた「こっばずかしさ」も劇映画として盛り立てつつ、誰の胸の内にも落とし込んで見せてくれて。気が付けば、魅入っていたという。

超平和的ではありますが、「告白」が成功しようと、失敗しようと、互いの関係性を築く上では大切で、色んな問題解決の基礎だろうと。そういう意識に気付かせるだけでも、若い輩の満足の為だけに発信されておらず。また原作の舞台である小豆島の空と海が淡い青色で溶け合った島ならではの「空気感」を取り入れたロケ撮影も相まって、ひと時「浄化」されるようで、本作だからこその見終わり感の後味の清々しさは、作品選択の項目として心に留めても良いかも。

今を遡る事中学二年頃、男子生徒の西片は、教室で隣に机を並べる女子生徒の高木さんから、おもわせぶりな言動だとか、校内はもとより、登下校や図ったような校外での出くわせだとか、彼女からの男子としては悪気には取り様のない巧妙な「からかい」を受け続けていて。その劣勢を挽回しようと知恵を絞って西片が行動に出るも返り討ちにあうという、思春期ならではのゲームによって、自身の「気持ち」を育てつつ、互いの距離を適度に保ち続けて来た。だが、父親のパリへの転勤の為に、高木さんは小豆島を離れざるを得なくなり、中三の夏に「からかい」を介した二人の関係は断ち切られてしまう。

中学生時代の西片と高木さんの二人を描く原作漫画を「サバカン SABACAN」の金沢知樹さんと萩森淳さんらと共同で脚本に起こして今泉力哉さんが監督したドラマ版から引き続いて、10年後母校で体育教師となった西片の下に高木さんが美術担当の教育実習生として故郷に戻ってのお話。更に、その後の二人については、別に漫画となっており、その間を埋める映画オリジナルストーリである。

中学時代の二人の担任で、10年後二人がまた母校に揃った際には教頭となっている田辺役の江口洋介さんのみが、ドラマ版から映画を跨ぐキャスト。映画本編にも中学時代の回想として歳相応の役者さんが演じたシーンが挿入されているけれど、高木さんと西片を永野芽衣さんと高橋文哉さんが引き継いでいて。当然、チラチラと出て来る当時の同級生達も、別の成人俳優の皆さんになり代わって。そして新たに、西片が担当するクラスの生徒のうち、不登校の町田くん役で、このまえ「カラオケ行こ!」での記憶が鮮明に残る斎藤潤さんが扮し、その彼の不登校に関して自分に原因があると思い込む女子生徒大関に扮するのが、今泉監督作品「mellow」で確か田中圭さんの姪っ子役だったと記憶する白鳥玉季さん。「正欲」でもチラッと目に留まっていたけれど、同じ監督作品で歳恰好の移ろいを目の当たりにすると、「おっきくなって」って、こちらも勝手に親戚のオジサン心理を働かせたりして。

「ドラマ版の続きは、劇場で」と、得意のメディアミックス戦略に沿っているけれど、今泉監督が、全部を引き受けるので、おぼこな思春期男子の夢と希望が籠った少年誌漫画の映像化をみるのも如何なものかと戸惑いを拭いきれなかったのだけれど。ここ最近の今泉監督作品の印象が、それぞれ見所もあって楽しませてはいるものの、まとい付く少々の「重苦しさ」から脱する突き抜けた後味の作品の期待もあったので、ドラマ版から付き合って参りました。中学当時の「からかい」の手口や二人の思い出の場所とか映画本編でも、引用されてはいますが、伏線回収の様な意味はなしてはいないので、映画本編から入ってしまっても大丈夫と言い切ってしまう。

「パストライブス」の主人公ノラと違って、自身の野心追及よりも10代の頃の「縁 えにし」に、囚われているからこそ高木さんは、教育実習生としての再会手段行使に出た。劇映画だから、二人とも整った容姿で現れるのは致し方ないけれど。西片の方は、ほおって置いて、永野芽衣さんのあのルックスで、10年間近くに居ない存在を思い続けるってあり得ないと思うも、劇中町田君との会話の中で、西片が傍に居ない事による心理的スランプも披露されて。その辺の外野の邪念を払う心遣いは、脚本上周到に込められている。

二人が中学生の頃は、「からかい」というゲームの中で、ただ、互いを繋ぎ留めているだけで良かったけれど。それぞれ、1人の人間として、これから歩む半生をいよいよ決めなくてはならない。同窓会の飲み会後、小豆島の治安はいいのかもしれないけれど、再会後も変わらず高木さんに手玉に取られて、夜道を送ってゆくことすらしなかった事はじめとして、幾つかの場面で、10年前からの成長を感じさせない西片の不甲斐無さに見ているこっちは、しばしば、身もだえが止まらなかった。

まあ、他の女性に関心を向けないで過ごして来た西片だから仕方が無いのだけれど。本作で創作された町田くんと大関さんの間に起こった「一件」で、これまでの「からかい」の間柄を引き延ばして、自分の「本心」に目を逸らし続けるのが難しい事に気付かされた西片。先生が生徒たちに教わるというのも恰好悪く映るけれど。生徒たちの方も、煩わしいと思う他者との関係性を、互いの存在を立て合う高木さんと西片先生から学んで、あらたな一歩を踏み出す切掛けを作って貰って、先生の立場は、結果、保たれる。

長回しといえば、ひと昔前なら相米監督の代名詞だったけれど。最近は、今泉監督のトレードマークとなりつつある。前哨戦として、久々に登校して来た斎藤君の町田と、白鳥ちゃんの大関による、現代っ子らしい、ドライな会話の応酬があって。そして、メインタイトルは、永野さんと高橋君による、10年前席を並べた教室で、机に掛けた上半身と表情の動きにセリフだけの年長者らしいハンデ戦。

中学生時代は、授業中なのに囁きではなく、こんな通る声で喋って良いんかってくらい特別に許された「リング」で、お仕舞には変顔の応酬で逃げていたが。大人となって、放課後無制限勝負。西片が語らねばいけない中身は判っているので、誠意は伺えても訥々とした語りによって、パリへ移住しても胸の奥に燃やし続けた高木さんの気持ちを萎ませないか、永野さんの表情や言動を見守らせて貰いました。

作品の前半の方で、西片の同級生にして同僚教師となった中井君の結婚式にして、初めて妻に愛を告白する件があるのだが。自分も、似たような経緯をたどったので、応援もありましたけれど、不慣れなおぼこ男子として、どの様に告白を成就させるか興味本位なスリルも味わっちゃったりして。

マスメディアで紹介される際、今泉監督は恋愛映画の騎手とかお名前に冠されます。本作をもって暫くお休みされると聴きましたが、単なる「お笑い」の意味でない、作品に描かれる誰かの悲喜こもごもの生き方に共感を寄せられる喜劇的作品を、今後も創り出してくれることを勝手に願っております。

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
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