カラダを使ってまで、性急に「世界」を学習したりしない、誰にも訪れるアドレサンス思春期のドツボにハマった様子を、一回り以上年の離れたヤクザとカラオケで彩って、ゆったりほのぼのと主人公の年齢と同じあの頃の感情に思いを寄せられる一篇。
降り続ける雨で、濡れた白いワイシャツの背中に背負ったモンモンが透けて見えるのも厭わない若頭補佐を務めるヤクザの成田狂児は、入り込んだホールで開かれていた中学合唱コンクールの舞台から耳を突いて離れないボーイソプラノにすがるように、その声の主である岡聡実に、カラオケの歌唱指導を申し込むのだった。
異世界から突然現れたコワモテ男の雰囲気に呑まれた聡実は、組のカラオケ大会で、最下位を取った者に施される、組長直々のヘタくそ入れ墨の罰ゲームを避けるべく、渋々、狂児のカラオケレッスンに付き合わされて行くのだが。聡実も、来たる3年生最後の合唱大会に向けて、変声期でソプラノが出し難くなっている自身の変調に、意識が高すぎてヘンに突っかかって来る下級生男子部員の和田や、子供の悩みなんか気にかけて無さそうなマイペース両親。そして何より、状況お構いなしに黒塗りの車を校門に付けて下校を待ちカラオケ屋へ連れて行く狂児が最もウザかったのだが。平穏な中学生の日常は、ありえへん奴の出現で違ったふうに「景色」を変えてゆく。
去年の「最後まで行く」では、生身のターミネーターと化していた綾野剛さんですが、本作の狂児役で、生気と感情が戻って来ました。「ヤクザと家族」では暴対法に足を取られて、愛も希望も奪われて哀しい末路を辿っていましたが、同じヤクザ役で、カタギの少年に人生の先輩らしさを見せる訳でもなく、反面教師にもならず、自分のペースで聡実少年を巻き込んで、適度に翻弄して、思春期のモヤモヤをちょっとだけ増幅させる。聡実君にとって、同級生とは違う、気の置けない存在となって。綾野さんも、デビューしたての若い子の引き立てとして、傍に仕えているのです。
父親のその場を繕う思い付きで冗談みたいな名前の字面を当てられて以来、自分の人生はボタンの掛け違いの連鎖だと自嘲して語る狂児に、唐突にカラオケのレッスンを申し込まれる聡実も、品行方正な中学生にはあり得ない掛け違いに巻き込まれて、正に災難。
出逢いの経緯からして、ぶしつけなものだから、何時もの狂児の歌を聴かされるつもりでカラオケ部屋へ聡実君が入った時、よもや事務所の他の構成員たちがギッシリ詰めて到着を待たれて、強面どもが一曲ずつ歌うのにアドバイスを付けねばならない状況が待ち受けているとは。見る側からすれば可笑しさ極まりないけど、聡実君にしてみたら、狂児に文句を言いたいところなのに、怒りと重圧のやり場に困り、自身の身に降りかかった不遇を呪った事は想像に難くない。
元々、変声期への差し掛かりで思う様に合唱し難くなっている自覚からの苛立ちを抱えていた聡実君なのだが、狂児の出現により悩みが深まるというより、大人の生き方だとか、恋だとか、関係の無い方へ意識が飛ぶと云うか、悩みを遠ざけるようでもあり。要は、思春期ならではの「どっち付かず」な気分を、山下監督並びに脚色の野木亜希子さんは作品に構成して見せている。
コンクールで優勝出来なかった事を不服に思う下級生男子和田を、女子副部長の中川さんがテキトーな顧問教師に代わって丁寧に対処して部長自分不在でも収まるところや、「映画を見る部」といって、取りたてて対外的な事はせずに、ただ、VHSテープに録画された白黒の古典洋画を部長と見ながら、聡実君は、一方的に思うままを喋ってガス抜きをしていたりする。
他にも、中三の聡実君が「愛」だと認識する、晩ご飯の食卓で焼いた鮭の切り身から起用に取り除いた皮を母が箸で、父の切り身が載った皿に置く場面がインサートされるだとか。本編に於いて、キッチリとした心境の変化や状況の打開よりも、映像化では、「脇道」的な部分が強調されて、人物の心象に関心が向かないと物足りなさを覚えるかもしれない。でも、猶予を許された、アドレサンスな男子の心境記としてなら、それを見る過ぎたる者には状況は違っても、羨望や共感は抱けました。
そうやって、ぼんやりと物事を捉えていた聡実君でしたが、ある日、目撃した事件を機に、内心から急き立てられて、とうとう自ら行動した時、狂児から、さんざん終始気持ち悪い裏声で聴かされ続けた持ち歌の「紅」の歌詞、「紅に染まったこの俺を慰める奴はもういない」が、ものの見事にハマって。危うく、貰い涙しそうになりました。
「さよならだけが、人生」と思わせておいて、エピローグ的にエンドロール後に付け足された入れ墨のショットに、年齢を超えた友情の証しが認められたのも、あり得なさそうな原作の設定に寄せた作り手の思いにも取れて良かったです。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
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