内野聖陽さんが研究者に扮した「春画先生」を見た後に、このドキュメンタリーが公開されて、劇映画で「下地」が出来たばっかりで、機を逃さないのは流石だなと思いきや。調べたら、両作とも製作者は一緒だし、この「春の画」のエンディングのタイトルロールでは、「春画先生」の塩田監督に感謝の意が表されていて、これら二本は、「春画」が何たるかを知らしめるべく、当初からセットされていた訳で。企みにのせられたカタチになったけれど、イロイロ考える機会も与えられて、見せて頂いた事に、こちらも感謝です。
本編では、鳥居清長の版画春画「袖の巻」の複製に現代の彫り師と摺り師が取り掛かる過程で、版画表現の「深さ」を見せ。国内外老若男女の有識者、横尾忠則さん他の現役画家に、コレクターが、作品に向ける観点、歴史的背景に、春画に纏わる個人的なエピソードや所有作品の愛着の語りに、時折、特に強く推される春画に描かれる人物を作風が損なわれないナチュラルにデジタル技術で取り込んでアニメーションの手法を用いて、「セイ」を謳歌する様子や可笑しみ味が、更に伝わる工夫も仕組まれていて。
レイティングがR-18なのは、絵や版画に刷られた作品の男女の局部や、交わりの描写をありのままに写している故であります。なので、人によっては拒否感を抱かれても、不思議は無いですが、見て頂ければ、紹介される作品についての印象から、産まれた社会背景や、当時、それらに接した方達の伝えられている様子を元に、この映画を見た人各々が思いを馳せる事が出来きて。普段、音楽もの以外のドキュメンタリーを見慣れてないので不安でしたが、春画への偏愛など微塵も無い方でも入り込み易くなっております。
先に書いた版画複製の作業で、写真など無く物資も技術も乏しいところ、秘された部分の毛を細かい彫で再現を試みる執着、探求心。一方で、抱かれる女性の後頭部越しに男の右目のみを覗かせて、醒めて虚ろ気な気分を、薄っすらとした細筆の線での春画表現の簡潔さ。鈴木春信の「風流 艷色真似ゑもん」という画帖は、霊薬で身の丈を縮められた浮世之介が真似ゑもんと称して、色修行で諸国を巡って目の当たりにした様子を評伝風に絵で描写していて。空想話を建付けにした物語性を兼ねているのと、豆粒大の小人が、さもその場に紛れ込んだ風の視点で活写するので、下世話な情景も引いて見る情景に切り取られて、一歩引いて捉えられて、営みの滑稽感が湧いてきたりして、結構気に入りました。
武家か、商人の話だったか、記憶は定かではないが、嫁入りの道具として、女性をモデルに経験する色事を年月に沿って描いた絵巻物を持たせたそうで。女性の体形や表情の変化が捉えられていて、それを持たせるのは「子をなす事」が主旨なのだけれど、巻物は、ただ苦痛なものではなく、表情の変化を見せる事で、結ばれる悦びも解いて。その時代乏しい、そっちの「教育、指南」手段の役割も有ったみたいで。
紹介される春画の殆どが、江戸時代に栄華を極めております。政治的にも超安定期ではあったものの、社会の意義として「命を繋ぐ」のに重きを置かれていたのは間違いなく。お家やお国の繁栄の為に子を成す事が奨励されて保守的な考えが強かったと考えられますが。でも、春画に描かれるのは、男女の営みにだけでなく、同性間の交わりから、果ては獣まで対象となった絵や版画が描かれて目に触れられていたらしく、エロティシズムに対して寛容だったとされる見解には賛同するところである。
対して、最近見た「正欲」なんかでもそうだけれど、経済的、体制的進化が進んで自己が生きるにあたって、身に及ぶ危険の減少からか、「嗜好」が、より細分化と同時に容認の方向でありながら、他者との関係上での選別や否定を避けている。人前で、わいせつな絵だとかアケスケにされるのも嫌ですが、だからと云って、今の時代が掲げられている「多様性」の割には、生き易くないのも実態である。その分かれ目は、「春画先生」の中でも、内野さんが語る様に、明治へ時代が変わると同時に、西欧の「目」を意識してわいせつ物として目に付くところから追いやったところから始まっているのではなかろうかと、最近見た作品から安易な受け売りをしたりする。
「風流 艷色真似ゑもん」の紹介はじめ、幾つかアニメーション手法で美術作品の中の絵柄が、アニメーション表現される中、それと並んで絵の世界を体感させてくれたのが、北斎の「蛸と海女」でした。ずうっと昔に、新藤兼人監督の「北斎漫画」で、「売り」になっていたのが、樋口可南子さんに、80年代当時では精一杯だった蛸の模型が絡んで、北斎役の緒形拳さんが、それを模写していたけれど。教養も経験の浅さもあって、当時は、さほど伝わって来なかったような。
森山未來さんの如何にも異形な存在風の硬質な声に呼応する、これまでの実写演技では聴いた事のない、吉田羊さんの糸を引くかのわななき声が、アニメーション表現に被さると、それこそ覗いてはいけないものを目の当たりにしてしまったかの背徳感。今の時代なりに手間暇かかっているとは思いますが、「北斎漫画」の手の込んだであろう表現を、簡単に飛び越えちゃいました。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネプラザサントムーン 劇場��にて
ログインしてコメントを確認・投稿する