本作の邦題命名のネタである、映画史にその名を遺すヒッチコック監督が自作で駆使した技法を余すところなく、聴き手の当時監督として駆け出しのトリュフォー氏に語ったインタビューの採録本である「映画術/ヒッチコック トリュフォー」は、映画の作り手や見る者にとっての経典である。
以前、採録本のソースとなった二人の音声を元に、現役活躍中の世界の著名監督が語る著作からの「影響」で構成したドキュメンタリーがあって。そちらは、結局未見に終わりましたが。新たにヒッチ巨匠単体で、名著の名を冠する映像の出現の噂を耳にし、予告動画を再生すれば、数々の手掛けた作品の映像に併せて、耳覚えのある語り声が聴こえるではないか。
トリュフォー監督とのインタビューでは喋り切れなかった談話が、新たに発見されたのかとも過りましたが。作品公開の記事や公式HPを覗いても、そういう「情報ソース」は明かされておらず。確かに、巨匠自ら語っている様子だったのだけど。上映数分後に、判りました。本作を構成するマーク・カズンズ氏が、巨匠が語りそうなダイアログを用意して、口調を完全コピーした演者さんが、「いかにも」の感じで喋られていた。巨匠への愛情が高じて、「ヒッチコックのつもりで、自作を語ってみた」ものの、決して軽い気持ちで取り組んだのではない力作であります。
採録本では、「術」と名乗るだけあって、観客の注意を引くために電球を中に仕組んでミルクの入ったコップを光らせたとか細かい手立てまで、洗いざらいになっているけれど。本作は、表向きはサスペンスのジャンルであるが、巨匠が手立てを尽くして知らしめた作品群が観客に訴える効果を、「逃避」、「欲望」、「孤独」、「時間」、「充実」、「高さ」と項目分けして、なりすまし演者の声色を使って、巨匠の作品群からのフッテージ映像と併せて流し込んで来るのだ。
カズンズ氏が掲げる項目の幾つかについては、見て来た巨匠作品の記憶と照らし合わされるものもあって、なりきりコメントを仕立ててしまうほどのヒッチ作品への敬愛の深さが充分滲んでいるのは、認められます。
本作中で「存在」する巨匠は、「5Gの通信環境下を生きる若者に刺さる、メッセージを送りたい」趣旨の発言を冒頭に発せられて。こちらも、姿勢を直し心してスクリーンに対面しました。賛同する箇所もあったりしたのですが、何せ、本編の巨匠は、語りたがりが過ぎてシャベリが立て板を滝のように切れ目なく流れ続けて、受け取るこちらの整理が追い付かない。本当の語り上手は、センテンスは短く聴き手の反応を見て次の話を放つものなのに。
本編中、スタッフの関係者かもしれないけど、5G世代のモデルのように、黒髪のお姉さんの上半身アップの画像が挿入されますが。デジタルツールで撮る縦長の短い尺で、瞬間に面白さが目から飛び込んで来る類のサプライズ的な動画を好む若い衆に、あの手この手のアナログ時代ならではの手法を用いて瞬間の驚きサプライズではなく、ハラハラドキドキをある程度の分数見る者に仕掛けてサスペンスをもたらした果てに映る「人のあり様」を判らせるのには、一方的な語りではなくて、会話のキャッチボール的な緩急やリズムがあれば、もっと伝わるものは多かったかなと。
でも、本作を見るもう一つの狙いで、ヒッチ巨匠版の「ザッツ・エンタテインメント」、数多くの作品群からのフッテージ、傑作選的な抜粋映像を、最新のデジタル映写によるキレイな画像で楽しむ事もありまして。なりきりヒッチ師匠の声で、次から次と見た事あるものから見た事ないものまで、目の当たりに出来たので元は取れました。
巨匠が偏愛するパツキン美女、イングリット・バーグマンからキム・ノヴァクそして、グレイス・ケリーと麗しいお姿が目に付く反面、私のヒッチコック巨匠作品でお気に入りの「疑惑の影」と「ハリーの災難」は、幾つかのシーンが、膨大な引用の中、取り込んでもらえたけれど。巨匠のライブラリにあって重大作品には目されていないからか、お情け的な秒数だったのが残念。まあ、無視はされなかっただけ、これも「良し」としよう。
拙文にお付き合い頂き、有難うございました。
シネマサンシャイン沼津 シネマ5にて
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