同じ一時間半を切る上映時間でも、主人公の感情が主体となって作品を引っ張って行った「マイ・ブロークン・マリコ」のあっという間の「疾走感」とは、対極でした。センセーショナルな事件が提示される訳ではなく、映像制作現場に臨むエキストラの仕事ぶりや、普段の生活でのルーティーンや、食事や嗜好品、生活で使う日用品などを、淡々と映像で切り取って見せて。
その為、撮影場面と生活描写が虚実入り混じる効果を呼ぶ事もあったりするけれど、話は、映像と、最小限の会話で、淡々と提示されて行く。作り手が、断定するのではなく、見る側に解釈が委ねられ、展開を味わう仕掛けとなっているので、表示以上の濃密な映画時間が流れていて、銀幕と向き合った「充実感」が味わえました。
冴えない風貌をした中年男の宮松は、ロープウエイの管理の仕事を合間に入れながら、エキストラ俳優として、幾つもの現場で斬られたり撃たれたりと役名も付かず、ただ、作品に「存在」を添えるだけの役回りを、長い事勤めあげていた。
何時もの通り、与えられた役割を終えたばかりの宮松のもとに、谷と名乗る男が訪ねて来る。名もなき役に繰り返し身を投じる生活を送るよりも前に、宮松とはタクシー会社でドライバーとして同僚だったらしい谷は、松宮の妹、藍とその夫に引き合わせるべく、やっと所在を突き止めたのだと説明するのだが。しかし、宮松には、エキストラとして、他者に成り切り続ける生活以前の「記憶」が、欠落していたのだった。
本編では、まず、何度も生を繋いで行くというか、命の流転といっては大袈裟になるが、一つの撮影現場で、宮松が、刀やピストルで殺されては、また、別人となって、次の場面に馳せ参ずる様を見せる。この後の描写で、宮松が、エキストラの「階層」の中でも、熟練した上層部に属する方と察せられるのだが、特に、現場の製作者の顔は見えず。しかも、ワンシーンの如く、「大掛かり」な撮影に見えるけれども、現場の裏側を披露するというより、宮松の「存在」が、現場から現場、来る日も来る日も消費されるだけの、薄さや儚さも植え付けられる。
尺は短いのだけど、風景や引き画でシュチュエーションを捉えるショットで、時折、長目の「溜め」があって。エキストラ参加の描写でも、時代劇の撮影の休憩時間に、撮影所の傍の食堂で、宮松をはじめとする、エキストラの一団が、衣装のまま食事をとる場面をワザワザ挿入して、現実と虚構を曖昧にみせる狙いが、ある様な。
エキストラで貰った資料を、見出し付きのクリアホルダーで、丁寧に保存している様子だとか、ロープウエイの出勤簿の「〇付け」を定規で綺麗に書き込む様子だとか、宮松の生真面目さ、几帳面さ、形式への執着を、小道具や動作で伺わせるも、展開は、殆どが日常の描写で進んで、感情の吐露や状況説明的なものが入り込むことなく、見る人が、宮松が、このエキストラ没頭生活を送るに至った経緯、並びに、彼の明かされる事のない過去を、映画の展開に沿って、見る側は、その「推量」に自ずと没入させられます。
ご存知の通り謹慎となった、宮松役の香川照之さんですが。脇では、歌舞伎で鍛えた顔の動きやケレン味で、強烈なインパクトを残しますが、主役にまわると、馴染みのアクは捨てて、その辺に居る市井のヒトとして、ありきたりな感じを身にまといます。そういえば、「鍵泥棒のメソッド」でも、記憶喪失になっていたけれど、あっちは、「外傷性」のモノで。本編の裏付けとして出て来るお医者さん曰く、本人の「意志、或いは無意識」を誘因とする記憶喪失者を演じて、演技の地力の確かさを見せてくれるのです。
「さがす」では、伊東蒼さんと佐藤二朗さんが、長回しで、卓球のラリーを完遂していましたけど。本作で、野球経験者である宮松が、バッティングセンターで、昔取った杵柄の如く、快音と共に、たて続けに打ち返す場面を、香川さんは、難なく見せていて。その運動能力もさる事ながら、バッティングを披露する前に、ピッチングマシンから投じられる球の軌道を、2球見極める辺りも、宮松の「心持ち」というか、性格的なものが、垣間見えて。3人体制の本作の監督からなのか、演ずる香川さん本人のアイデアなのでしょうか。とにかく、些細な仕草や、表情での見せ方に、どうしても、目に留まってしまいます。
本編から、宮松の過去や妹らと再会しての彼の決断について、どう推測したかは、これから本作を楽しまれる方の興味を削ぐことになるので、割愛いたします。多くの人が好みそうな作品と違って、じっくり対峙する事を要するうえに、溜飲を下げる様な気持ちの高まりを約束してくれるものではないので、それなりに、人生の「時計の針」が、回った方ではないと、シックリ来ないかもしれませんが。
でも、本作の宮松の様に、「良かれ」と思って施したのに誤解されるうえに、自分を傷つけられて。それでも、殻に閉じこもらず、己を差し置き、献身に徹して。記憶喪失は、患わずとも、そんな覚えがある方には、宮松がロケバスの車中で見せる表情には、感じ入らずには居られません。
拙文にお付き合い頂き、有難うございました。
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