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2022年03月01日15:15

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入矢義高「語録の言葉と文体」を読む。(2)

「もう一つ厄介な問題がある。それは、同じ一人の禅師の語録で、前と後で矛盾する言葉が出てくる場面である」
入矢先生は、その例として『臨済録』(臨済義玄(?-867)の法語を弟子の三聖慧然が集録し、その後、円覚宗演によって増補されたもの)に三回出てくる「円頓」の教えについての評価を挙げている。
その二つは、「これを大乗最高の境地として定位する。しかし他の一例では、これを「禅宗」の立場の対極に据え、根本にあぐらをかいた低次元のものでしかないとして斬って捨てている。しかも、その「円頓」遮遺の言葉は、『臨済録』の始めの部分に最初に現れる。となると、この『臨済録』の編集は臨済自身の円頓観の進展の過程に応じた編集にはなっていない、ということになる。となれば、この不統一の責任は、もっぱら編集者に帰せられるべきことになろう。しかし果してそうなのか。或いは臨済自身の説法そのものが、その場の状況と対応した論旨の運びのなかで、把住(ひきしめ)と放縦(ゆるめ)、遮遺と表顕の両様のスタイルを使い分けたのであったのかも知れない」
その上で、『臨済録』には、口語体・文語体で書かれた部分がそれぞれあり、「その文体が異なるからには、…(中略)…内容の理解の仕方に大なり小なり影響するはずだという点である」と言う。
これは、三聖慧然の単独ではなく、円覚宗演によって増補されているので、その辺の違いなのかと思う。別人が収録したのだから、理解に差が出ても仕方がないであろう。

「それの唯一の例外は、黄檗禅師(黄檗希運(?‐856頃))の『伝心法要(黄檗山断際禅師伝心法要)・宛陵録』である。これは、その篤実な弟子であり居士であった裴休(791-864)が、親しく聴聞した師の説法を、あとで「家へ引きとってから書き留めた」ものであった。さすがに教養の豊かなこの人の手に成るものだけに、黄檗のこの語録は、精審な論旨の運びが注意深く再現されており、また、修辞を整えることに過度に傾かないよう、抑制を効かせた叙述になっていて、それでいながら語り手その人の語りくちの特徴を可能な限り再現しようと努めている」
絶賛してますな。
鎌倉幕府第8代執権 北条時宗(1251-1284)の愛読書でもあったそうで、弘安6年(1283)に五山版が出てています。
主要な禅籍の一つでしょう。
『伝心法要』は宣宗皇帝の時宰相だった裴休の筆録とされるが、『宛陵録』は裴休の門人(名は伝わらず)の筆記と言われている。
ここで例示に引いた話にも触れておこう。
李商隠の「『義山雑纂』を宋代の王君玉が続作した『続雑纂』の中に「少道理」(筋の通らぬもの)という項目があって、それの五つの例が挙げてある。その一つに「和尚が撰した碑記」(僧侶が作った碑文)というのがある。それは通例、或る高僧の一代記と、その徳を頌(たた)えた言葉から成るが、それが一般の人から見ると、「筋の通らぬもの」の一典型とされているのである。僧侶の世界では通じても、一般の世間では理解されにくい内容と言い廻しに終始していては、これは広く人に読み伝えられるものとはならない。中国古来の通念では、広く万人に読まれ永く後世に伝わる作品というものは、その内容が立派であるとともに文章も立派でならなくてはならない。どちらか一方が不十分であっては、それは名作としての値打ちはない」
宋代の禅僧の書いた碑文だと、そういうことになるのだろう。
しかし、碑文でまで「禅問答」やってるんじゃ、小賢しい理屈こねるような輩にしか受けないだろう。

「唐代の末期、九世紀後半に福建を基盤として大教団を作り上げた雪峰禅師にも『雪峰語録』が残っている。現存のテクストは明代の改編本であるが、その巻下の冒頭に「大王が師と玄沙を請じて、内(宮中)に入りて仏心印を論ぜしめし録」という二千字余りの記録が載っている。大王とは、このとき独立政権を建てて閩王を称していた王審知である。彼は雪峰の熱心な帰依者であったが、光化元年(898)に禅師とその高弟玄沙とを宮中に招請して、禅の根本義についての法話を聴いた。そのとき、王の命によって三人の内尚書(王の秘書官)が帳(とばり)のうしろに控え、禅師と玄妙の説法を「言に随って之を録した」という。つまりこの三人が速記したのである。同じ記録は『玄沙広録』巻下にも載っているが、『雪峰語録』には、上述の標題のあとに「妙徳編」という付記がある。つまり、上述の三人による速記録を雪峰の弟子(おそらく記室という役の文書係)妙徳が整理しリライトして文章化したのであろう。そのため、この法話はほとんど完全に文語体に仕立て直いされており、その当然の結果として、もとの語りくちの肉声は削ぎ落され、全体として〈禅学概説〉的な講義調になってしまっている。たとい王を前にしての進講という状況を考慮しても、あの裴休の筆録のしかたと比べて、なんと味気ない文章であろう」
スタジオ録画じゃダメ。ライブじゃなけりゃダメ。といってるように聞こえる。
果たしてそうだろうか?

「語録の言葉と文体」はまだ終わっていないので、続きを書いてもいいのだが、私の文章論は、以前書いたことがある。
「一隅を照らす」https://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=5919811&id=394061691
「誤読」https://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=5919811&id=823754087
↑興味のある方は読んでみたらいいのではないかと思うが、かったるいと思う方はこの辺で辞めると思うので、これで〆ておく。

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