続けます。
「まず、先ほどの秋月先生のお話にはまったく同感でして、およそ求道ということは、まったく文字通り命懸けのことであると私も思っております。そして、その求める道を摑んだ途端にその人は命を失う。喪失失命する。これは馬祖が言っております。石霜禅師もはっきりそう言っております」
「秋月先生」とは仏教学者の秋月龍�Α�1921-1999)埼玉医科大学名誉教授のことでしょう。
なんだか、十字架を前に清い死を夢見る乙女に通じるような、ロマンチックな悲壮感を感じるが、これはネコを殺すという残虐行為を肯定するための伏線かな。
「そういう命懸けの求道行が一番難しいのは、僧堂の中に入って坐るなんていうのではなくて、その求道行が我々の日常の生き方、行住坐臥と相即していなくてはならない。ここが、なんともかんとも難しいところだろうと思います。なぜかというと、求道者だって人間ですから、飯は食わなくてはなりません。飯を食えば、当然クソもたれなくてはいけない。そういう日常性の中での命懸けの求道行だからです」
まさに「捨て果てて身はようなきと思えども 雪の降る日は寒くこそあれ」(一遍作と言われる短歌)の世界。
正眼僧堂や永平寺では、行住坐臥全てを求道行にしようと事細かな規則を課している。
『正法眼蔵』でも、飯の喰い方から東司(トイレ)の使い方、野糞の仕方まで書いてある。
そんなことを行動で笑い飛ばしたのが一休宗純ということか。
一休については、入矢先生も別の随筆で書いている。
さて「南泉斬猫」だが、当時の僧院では猫を飼うのが普通だったという。
目的はペットとしての愛玩ではなくネズミ対策。
ウチでも野良猫がうろついているおかげで鼠害がなくなった。
そして、僧たちが争った原因を、猫に仏性有りや否や(ネコが悟れるか)だとするテキストがあるのだが、そうではないのだという。
靴を頭に乗せて出て行った趙州従諗(778-897)が出てくるので連想されるのは「趙州狗子(狗子仏性)」だろう。
この「犬は悟れるか?」という公案と内容的には同じようなものなので、或いは混同されたか、公案に仕立てる際に意図的に変えられたのかもしれない。
とにかく、元はこんな話だという。
『祖堂集』(20巻。五代、南唐の保大10年(952)成立の禅史。泉州招慶寺の浄修文僜の下にいた静と筠の編)が引かれているのだが…。
「因みに南泉の第一座、猫児を養いしが、隣床の脚を損し、此れに因って相諍う。人有って和尚に報ず。和尚、便ち下だり来って、猫児を拈起して云わく、「人の道(い)い得る有りや。人の道い得る有りや。若し人の道い得る有らば、這个(こ)の猫児の命を救わん」。対(こた)え無し。南泉、便ち刀を以て斬りて両橛(リョウケツ ケツは棒杭)と作す」
「隣床の脚」というのは、よその禅室の単(たん)(坐禅をする床)の下の部。
首座の飼い猫がそこで爪を研いだ。
それを知った隣床の僧が文句を言い、言い争いになった。それを南泉に告げに行った者がいて、南泉が出てきた。
南泉はネコをつまみ上げて、「言いたいことがあれば言ってみろ。言いたいことがあれば言ってみろ。言えるならこの猫の命は助けよう」と言ったが、師のけんまくに恐れをなしたか、誰も何も言わなかった。それで猫は縦に真っ二つにされたという話だ。
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