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2022年02月23日20:55

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入矢義高「南泉斬猫私解」を読む(1)

入矢義高先生(1910-1998)については、駒澤大学の小川隆教授が「こころの時代」で禅語を取り上げていたときに、教示を受けた方として紹介され、ずいぶん読める人だったのだなと感心したことから興味がわいていた。
私が読んだ「南泉斬猫私解」は「空花(くうげ)集 入矢義高短篇集」という、思文閣出版から1992年に出された随筆集に収録されているもので、『禅文化』第136号 1990年4月刊に発表された、1989年1月11日、第60回禅学研究会学術大会での講演が元ネタだ。
入矢先生、79歳の時の講演ということで、研究されてきた禅学の成果が現わされているものかと思う。

表題の「南泉斬猫」は『無門関』『碧巌録』などに載る有名な公案で、以下のような話。

東西両堂の僧たちが猫のことで言い争った。南泉普願(748-834)は、「道(い)い得られれば斬らないが、道(い)い得なければ猫を斬るぞ」と言ったが、僧たちは沈黙していた。それで猫を斬った。弟子の趙州が帰って来たのでその話をすると、趙州は草履を頭上にのせて出て行った。南泉は「趙州がいたら猫は殺されずにすんだ」と言った。 という故事。

血なまぐさい話で、童子の指を切断した倶胝断指と共に、血を見る禅宗というイメージができそうだが、この話、ネコを斬る点では一致しているものの、なぜ猫のことで言い争いになったのかなど、細かい点では、本によって異なっている。

それについてはおいおい解説することになると思うので、入矢先生の論旨に沿って読んでいこう。

彼はまず「中国人という民族は、人生の意義だとか、何とかの根本義だとか、何とかの大義だとか、普遍妥当な至高理念だとか、そういう大上段に構えた形ではものを語りたがらない」と言う。
「だってあんた、孔子も老子も中国人だろう」という突っ込みはちょっと置いておいて、続ける。
それで「私はこう生きている」と言うような言い方しかしないから、自分もそうする、のだそうだ。
何でこんなことを書くのかというと、恐らく「南泉斬猫」には違った話が伝わっていて禅師たちの独自解釈が行われ、入矢先生の解釈に異論が出るかもしれないが、僧侶を職業としているわけでもないので、全否定して対立するのではなく、私見として収めようという意図があるのかなと拝察した。
もちろん、以下、私が書くのも私見で、私はこう解釈して読んだというに過ぎない。

山田無文老師(1900-1988)は七年間かかって『碧巌録』の提唱(教えの大綱を人々に示して説法すること)を行った。
出版したらいかがかという人がいたのだが、こう答えたという。
「いや、一日一日私は見方が変わるのでな」
これは、日々思考が深まると言っているのでしょうが、止心(一つのこととらわれること。 執着)を諫めるということで、沢庵が柳生宗徳を諫めた『不動智神妙録』のテーマでもあったこと、このことを山田師が言っているのかとも思える。
言葉は真意を伝える手段の一つに過ぎないと思う人にとって、活字化されたら失われるものも多いと思えたのかもしれない。
入矢先生は「私はせいぜい一年ごとに変わりたいと思っていたのですが、もっとテンポを早くして、『易経』にも言ってあるように「日々に新たに」なりたいものだと思ったことでした」ということで、御自身の見解も変わりうるものであると言っている。
逃げのようにも見えるが、当たり前のことを言っているに過ぎないと、私は思う。
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