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2021年12月21日23:42

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『明治文学回顧録集(1)』筑摩書房 昭和55年の拾い読み。(2)

「最後の大杉」大正12年10月2〜8日連載。原題「此頃の大杉の思出」
大杉栄は社会主義者で自称アナーキスト。
内田盧庵の家の近所に住み、盧庵とは家族ぐるみの付き合いだった。
大杉栄と伊藤野枝が関東大震災の後、甘粕正彦憲兵大尉に虐殺された頃にも、娘の魔子が遊びに来ていた。
それで、大杉や伊藤の事を書いている。
、
『おもひ出す人々』の名前を最初に見たのは、ATGで見た映画『エロス+虐殺』(1970年 監督吉田喜重)のエンドロールで、映画自体は、大杉栄と伊藤野枝と神近市子の性愛のもつれから傷害事件を起こした「日蔭茶屋事件」が題材なのだが、出典はこの本だと思っていたのだ。
それで、いつか読んでみたいと思っていた。
しかし、読んだら「日蔭茶屋事件」のことは数行しか記載がなくて、子煩悩で人間臭いパパ大杉の姿が書かれているだけだった。
収監されていて大逆事件に連座しなかった大杉が「春三月 縊り残され 花に舞う」と詠んだ句が映画では使われているのだが、そんな句も、この本には出てこなかった。

虐殺は悲惨なことだったが、治安維持法が成立せず、言論の自由が昭和初期まで残されていたとしても、大杉たちにとって幸せな明日があったようには思えない。
恐らく、全体主義者の共産党と、無政府主義者の大杉たちが左派内部で抗争して、殺し合いをしていたんじゃないかと思うのだ。
例え共闘していたとしても、連合赤軍事件が、もっと早く起こっていただけだったんじゃないかとも思う。

野崎左文の「私の見た明治文壇(抄)」所収「成島柳北仙史の面影」
成島柳北は、前田愛の評伝で知っていて、とても興味深い人物だった。
野崎左文は柳北を敬愛していて、概して褒めている文章なのだが、読んで面白いところがいくつかある。
例えば狂詩の評。
「時として韻字も無く平仄も無く寝言に近きもの多し」
「又平仄韻字あるも狂体に堅き語を雑へて作る人多し」
「平仄に窮するとて百日説法と云ふを十旬説法としては狂詩とは言い難く、或は韻脚に困り評判高しを評判��しと作りては所謂無理こじ附けにして更に面白からず」
と評するのはいいのだが、野崎左文は続けて
「近頃某氏新年の作に百人一首歌牌(かるた)始(はじま)り。千里同風(どうふう)手紙来(きた)る。などは近来の名対で、狂詩は斯くの如く作るべきものだと云ふのであった」
と書いている。
これは日本人しか理解できない対句。
百人一首が意味不明だし、手紙は中国語ではトイレットペーパーのこと。
柳北の発言だとしたら、狂詩だから許されて笑いで収まるということでなければ、こいつ漢詩作れたのかな?と疑問がわくだろう。
ただ、前田愛とは違う見方を知る事には、意味があると思う。
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