吉川幸次郎先生の「阮籍の詠懐詩について」を読み直しているのだが、書かれたのは1955年ころ。
著者51歳くらいの時で若輩ではないのだけれど、語注など不親切なんだよなぁ。
この不親切さって、中国詩人選集の高橋和巳にも遺伝していて、こいつ小説書いているくせに日本語もっと勉強しろよ思わせる。
まぁ、著者が調べるのさぼったり、紙数の制限で削ったり、勢いで書き飛ばしたりしているんだろうけど、論語の語注なんかもっと細かくやっているんだから、できないことはないと思うのに。
「願わくは義和の轡を攬(と)り 白日をして光を移さざらしめん」阮籍「詠懐詩」35 義和は太陽の御者、若しくは太陽神の親ですね。
ウィキペディアに「羲和(ぎわ)は、平安時代に日本にも伝わっていた中国古代の地理書『山海経』に記載のある太陽の母神であり、炎帝に属し東夷人の先祖にあたる帝�磴虜福f赦造�天照大御神を指しているとする声もある。東海の海の外、甘水のほとりに羲和の国があり、そこに生える世界樹・扶桑(扶桑はかつて日本にあったとされる巨木)の下に住む女神である羲和は、神車を引きながら、子である「十の太陽たち=三足烏」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽を湯谷で洗っては扶桑の枝にかけて干し、輝きを蘇らせるという。」
とあります。
「中国古神話・画庫」 北京美術摂映出版社 1989年 によると、十の太陽が昇って、地上の人間は暑くてたまらなくなり、作物も刈れてしまったので、堯は羿(ゲイ)に命じて太陽を射落としたという話になってます、
三本足の鳥って、日本の八咫烏神話の源流のようですね。
この三本足の鳥、馬王堆漢墓出土の絹繍など、古代中国ではよく出てくる鳥。
阮籍の「詠懐詩」19に載る忉怛(とうだつ):悲伤。《文选.李陵.答苏武书》:「异方之乐,秖令人悲,��忉怛耳。」《文选.王粲.登楼赋》:「心凄怆以感发兮,意忉怛而憯恻。」以上『汉典』引用の「国語辞典」。
てなことでネットで検索できる。便利になりました。
「見ずや南に飛ぶ燕の羽翼の正に差池たるを」阮籍の「詠懐詩」51に載る差池(しち):chā chíだと意外。差错、错误。という意味だが、cī chíだと参差不齐。
この句も、《诗经.邶风.燕燕》:「燕燕于飞,差池其羽。」を踏まえての表現。
次の「高子怨新诗。三闾悼乖离」の句がよくわからない。三闾は屈原のことだろうが、高子というのがわからない。吉川先生も「難解である」と書いて注釈を避けている。読めないところは、みんな読めないのよね。
阮籍の「詠懐詩」第4首、「朝为媚少年。夕暮成丑老」の媚(び)は、美しい少年ではなく、もっと妖艶というか、性欲の対象として魅力的な少年。国語辞典でも「娇艳、美好、可爱。」とある。
第12首「昔日繁华子。安陵与龙阳。夭夭桃李花。灼灼有辉光。悦怿若九春。磬折似秋霜。 流盻发姿媚。言笑吐芬芳。携手等欢爱。宿昔同衣裳。愿为双飞鸟。比翼共翱翔。 丹青着明誓。永世不相忘」
有名な男色、安陵・龍陽の故事を詠じた部分。
同性愛がどう見られていたのか、これも資料の一つですな。
まったく、こんな脱線ばかりしてるから、全然進まん。 (-_-;)
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