以前、男色について調べたことがあって、日本の中世で稚児と喝食が同じ意味で使われていたということを書いておられる方がいたのは記憶しているのだが、そのころから、本当に同じものだろうかという疑問があった。
本来違うものだという、原点からの疑問もあったが、『きのふはけふの物語』などでは、「ちご」という言葉に、性的対象者のようなニュアンスが強くなっているという印象があった。
中世の日記などで、「稚児」或いは「喝食」と書いた場合、性的対象者とその隠語としての用法、或いは性的対象者ではない若僧という意味で「喝食」を用いていることは無いのか?
という疑問があったのだ。
もし同じ意味だとしても、いつごろからそうなったのかという疑問が残る。
これは、もっと資料を読み込んで用例を探してみないと何とも言えないと思うので、置いておいて、『臥雲日件録抜尤』の他の個所に出てきた「喝食」の話。
「樷」は「叢」の異体字。
「纔」は「わずか」という」意味で、そんなに難しい漢文でもないから読んでもらいたいと思うが、この「喝食」は性的対象者とは思えないなぁ。
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