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2016年10月10日22:36

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旅立ち方

高校の後輩が亡くなった。
亡くなったのは、昨年の11月だったのだが、新年の年賀辞退のハガキで知ったので、一周忌を前に、弔問に行こうと思って、電話したら、奥様に拝辞された。
おまえが来たら迷惑だというのではない。
家族で送ってくれればいいというのが、本人の意思だったからだ。
葬儀も、家族だけで行ったという。
彼とは、高校の全共闘関係者を介して知り合った。
全共闘のボスは、卒業して数年で北海道の山で遭難死した。
地下活動に入ったか?などという憶測もあったが、翌年、雪解けで死体が出てきて、嘘ではないと分かった。
同級生と結婚し、子供もいた。
彼女とは、今、世田谷区長をやっている保坂展人が、ボスの伝記を書くと言って来た時に、久しぶりに逢ったが、たくましくなっていた。
シングルマザーで子育てをしていたわけだから、やわじゃやっていられないだろう。
昨年亡くなった後輩も、全共闘の一員で、わたしは全共闘とは違うグループを作って情報交換などしていたのだが、そっちにも顔を出していたので、卒業後も付き合うことになった。
大學の入学式の数日前に大学から電話がかかってきた。
旧悪がバレたかと、恐る恐る電話に出たら、入学式で新入生代表として決意表明か何かを読んでくれという話だった。
「あ」で始まる名前ではないので、成績がよかったのかもしれない。
マメなやつで、高校の時から女には不自由しないというタイプだった。
些細な怪我で入院したとき、看護婦を誘って外に飲みに行ったヤツだ。
高校の事務員と在学中から付き合っていて、卒業して間もなく結婚した。
披露宴に呼ばれたので行ったら、何かやれと言うので、覚えたての「般若心経」を暗誦した。
私の結婚式にも来てくれて、司会をやってもらった。
彼の担任は、小沢俊郎先生。
私にとっては師匠とも言うべき人で、先生が病没される前に面会させてもらったのは、彼の仲介によるところが大きかった。
「お別れ会」で弔辞を読ませてもらったのも、彼の口利きだった。
葬儀の時も、彼の友人たちが手伝っていたのだが、結局、自分が逝く時には、誰も呼ばず、家族だけで見送れと言った。
自分も友人が多い方だったので、その気持ちが、なんとなくわかる。
奥様は、「本当は退職した後、みなさんとお会いしたかったんじゃないかと思います」と言っていたが、それは見舞いに来いとか、葬式に来いと言うのではなく、元気な時に逢おうという事だったのではないかと思う。
「ひとり生まれて ひとり死す 生死の道こそ 悲しけれ」
という言葉が、頭をかすめる。
「こちらも終活中ですよ」と話す。
小泉八雲のような死に方がいいのかなと思う。
弔問には行かないことにした。
彼の生き方に対する、些細な恩返しのつもりだ。
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