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2016年08月27日20:20

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新聞少年

NHKの「思い出のメロディ」で、「新聞少年」を、すっかりおじさんになった山田太郎が歌っていた。
昭和40年の歌だとか。
その少し前だと思うが、小学校の同級生で、新聞配達をしている子がいた。
好奇心から、ついていったら、ちょっと意外なことがわかった。
当然と言われれば当然なのだが、2〜3軒並んで入れていく家はまれで、だいたい飛び飛びだ。
同じ道を、途中まで引き返さなければならないこともある。
夕刊だったので、朝刊しかとってない家もあったのだろう。
しかし、効率が悪いなぁと思った。
それが仕事というものだというのは、すぐに気が付いたが。

彼に、そんなに家計が大変なのかと聞いたら、運動して小遣いがもらえるからやっているんだと言っていた。
当時も少年労働が認められていたとは思えないのだが、新聞配達は特例だったのか・・・?

今年定年退官を迎えた学芸大の松岡教授が最終講義で、「心技体というが、私の体を鍛えてくれたのは、新聞配達だった」と話しておられた。
両親が離婚して育児放棄された彼は、祖母と大叔母に育てられたが、祖母の夫の会社が倒産して、彼のために使ってくれるお金が途絶えた。
そこで、新聞屋さんを待ち伏せして、足にしがみついて配達させてくれと頼みこんだのだそうだ。
「ご両親は承諾してるの?」
と聞かれて、どうせいないんだから、
「はい、承諾してます」
といった。
それから毎日、朝夕刊を配達して、アスリートのような足腰になった。
それが一生ついてくる財産になったというのだ。

無名で、金もコネもない彼がどうやって人生を切り開き、大学教授で定年を迎えたかは、今春の日記にも書いたが、人一倍の努力や、その力でチャンスを生かせたということで、面白い人生だったろうと思う。
しかし考えてみると、私は、新聞配達はしていなかったけど、小学二年生から仕事はしていた。
松岡さんは、「少年労働は当時でも違法で・・」と言っていたが、本当にそうなのだろうか?
まぁ、今となっては、例え違法であっても、どうなるものでもないのだが。
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