土曜日は出かけていました。
先ず向かったのは北茨城市の花園神社。
花園渓谷の奥にある神社で、『茨城県神社誌』によると、延暦14年(795)、坂上田村麻呂が奥州討伐に向かう途次、霊夢によって創建したとも、円仁開山とも伝えられる古い神社です。
御祭神は大物主命・大山咋命・大山祇命の三柱ですが、本殿裏に琴毘羅神社(大物主命)・千勝神社(事勝国勝長狭命)・鷺森神社(大己貴命・保食命・月読命)の三柱を、建物を穿って逆向きに祀ってあります。
他に、境内社として、愛宕神社(迦遇槌命)・東照宮(徳川家康)・厳島神社(市杵島姫命・田心媛命・瑞津姫命)が祭られています。
これは、近在六村の総社ともなっているせいでしょう。
社前の花園川に渡してある朱塗りの神橋は人も渡れます。
参道の中央は神の通り道なので神官は中央を歩かないという規則(?)を神社本庁では奨励しているようですが、参拝者は関係ないようです。
ここでの注目は先ず木でしょう。
よその神社なら一本あっても御神木として大切にされそうな巨木が何本もありました。
周辺が山林で、そんなにたくさん車が走れる道があるわけでもないし、大北川の支流である花園川の水源に近いこともあって、水が豊富でありながら水害は受けそうにないところなので、環境がいいのでしょうね。
車に関しては、第三駐車場まであるくらいなのですが、こちらのお祭りは有名なんだそうですから、そういう時には、それしか足が無いので車で大勢の人が集まるのでしょう。
ここは天正九年(1581)と元禄三年(1690)に火災にあっていますが、巨木は残ったようです。
慈覚大師開山とも伝えられているように、花園山金剛生院満願寺が別当寺としてあって、江戸時代には50石の御朱印を拝領していたそうなので、神仏習合の色が今でも残っていて、仁王門の中にはいまだに随身ではなくあんまりこわそうでない仁王様が立っています。
日光東照宮のような厚塗りがしてあるのは、山間の風雨から守るためでしょうか?
痛みが少ないように思います。
慈覚大師円仁は下野国都賀郡の出身ですから、関東には縁があったようです。
天台宗の山門派ですから、日枝神社の神使である猿が神紋にもなっているし、眷属として随身にもなっています。
紅葉にはまだ早かったのですが、渓谷は綺麗でした。
次の神社に向かう過程で立ち寄った福島県の神社が、興味深いものだったのですが、それはまた書きます。

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