mixiユーザー(id:5919811)

2014年10月12日11:41

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六字尊像

「弘法大師と密教美術」展のカタログのスキャンが終わりません。
しかしまぁ、こんなに持ってきちゃったんだとびっくりする内容。

フォト

これは高野山の宝寿院が所蔵する六字尊像。
かなり流行したらしいが今はこれだけしか残っていないと解説にありますが、MOA美術館が所蔵する井上源太旧蔵のものがあるようで、唯一の遺品と言うわけではないようです。
他に、埼玉県久喜市の遍照院に模写して原彩色を施したものがあるようですが模写などはもっとあるのかもしれません。
調伏・息災祈願に用いられたというのですが、ネットで調べたら、mixiにトピックスが立っていて、以下のような話があるようです。

文徳天皇の二人の皇子(異母兄弟)の皇位継承を巡って、宮中で闇の戦いが繰り広げられたとき、
真済(東寺二代目長者)と真雅(空海の実弟)の二人の真言宗の高僧が担ぎ上げられ、心ならずも呪術合戦を行うことになりました。
その際、惟仁親王側の真雅僧正が、文徳天皇の勅命を受けて、六字経法を修して真済側を調伏し、惟仁親王が清和天皇になったとされています。
このときの修法に六字明王が登場したのかどうかはわかりませんが、それが秘話として伝えられているそうです。

出典は、まさか「日本文徳天皇実録」ではないでしょうし、頼豪が鼠になったようなもので、褒められた話ではないと当時も思われていたようで、それが遺品の少なさと結びついているのかと思いますが、実はウチにもあるんだというのが出てきてもおかしくないのかも。
宝寿院にあるものは鎌倉時代の絵画なので、この時に用いられたものではないでしょうが、現存最古ではあるのかも。
像様も特殊ですね。
妙見菩薩に倣ったものらしいのですが、妙見菩薩自体呪詛の用いられたことがあるようで、縁があるのかなと思いました。

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