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2008年01月07日00:08

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続きのお話2 第4章 後半

 なんとか途中で馬を手に入れてやっとたどり着いたその街は、砂漠のほとりに太陽に焼かれて横たわっていた。すでに1年近くたっていた。

 遠くから一瞥しただけでは異常はないように見えた。砂煉瓦の建物が損傷をこうむっているわけでも街を取り巻く壁が崩れているわけでもなかった。
 だが、動くものの姿がなかった。あまりにも静かだった。
 ボルドフの表情が厳しく引き締められた。グロスが生唾をのむのが聞こえた。

 近づくにつれて街の細部が見て取れるようになった。東に石を敷き詰めた街道が伸びていた。どうやらそちらが街の入り口らしかった。
 入り口に馬を回した彼らの目の前に街道からそのまま一直線に街を貫く大通りが見えた。見上げた門には”ゼリア”と街の名が彫りこまれていた。

 人影はまったくなかった。大通りにも両隣に並ぶ建物にも。

 どの建物も扉や窓が破られていた。

 大通りに馬を進めた三人は一番手前の建物の中を覗いた。
 外の光になじんだ目にはなにも見えなかったが、暗がりに目が慣れるにつれてその惨状が浮かび上がってきた。

 どうやら商店か取引所らしい作りだった。だが大きな机も椅子も散乱し、周囲の窓や奥への扉が砕かれていた。途方もない力のものが暴れ込んだようにしか見えなかった。

 床や壁にはいたる所に黒ずんだ汚れが付いていた。
 部屋の隅に散らばっている物が光った。貨幣だった。

 近くのどの建物も同じだった。
「野盗ではないな。やはり魔物か」
「では、寺院も」

 寺院もすっかり荒らされていた。一番奥の破られた扉の中で、アラードは砕かれた祭壇や周りに散らばった宝玉の破片を呆然と眺めていた。
 何かを期待していたわけではなかった。ここまでの長い道中に覚悟をしていたつもりでもあった。それでも自分の生涯の始まりの場所の無残なありさまは彼を打ちのめした。


 彼らは街の中央の広場に出た。広場には街から村への道しるべが設けられていた。

「これで見ると一番近いのはドーラという村か」
「無事でしょうか」
 アラードが呻いた。旅に出てから初めて目にした魔物の爪跡の凄まじさに彼は圧倒されていた。アルデガンで戦っていたとき、ここまで恐ろしい相手とは思っていなかったような気がした。

「行ってみるしかないだろう? 滅ぼされているならここを出てから真東に向かったことがわかる。無事なら何か話が聞けるかもしれない」
 グロスの言葉に彼らは馬首を東にめぐらせた。

 砂漠からの熱風が枯れ果てた怨嗟のようなひりつく音をたてて廃墟から遠ざかる三人に追いすがった。いつしかアラードは追い立てられる心地で馬を駆り立てていた。


 この街道は商人たちの行き来を想定したのか方々に道しるべがあった。彼らは迷わず馬を走らせることができた。
 木立を抜け視界が開けたとたん、アラードは道の真ん中に立つ人影を見た。反射的に引いた手綱が馬を停めた。蹄にかける寸前だった。

「大丈夫ですか!」
 声をかけたアラードの目が驚愕に見開かれた。背後の二人も息をのんだが、そんなことにはまったく気づけなかった。

 若い娘だった。頭の後ろでまとめられたまっすぐな髪は赤く、見開かれた大きな目は鳶色だった。アラードと同じだった。

 だが、彼女の顔はリアに生き写しだった。


 アラードと娘が互いに見つめ合ったまま身を凍りつかせている間、ボルドフはグロスに目配せをした。グロスはうなづくと娘に声をかけた。
「すまなかった。怪我はないか、娘さん」

 少女は僅かにうなづいたが、すぐには声が出ないようだった。やっと出た声は震えていた。
「……あなたたち、まさかゼリアの街から? いったい誰?」

「怪しい者ではない。私は巡礼だ。たまたまあの街の廃墟の近くを通っただけだ。そなたはこのあたりに住んでいるのか?」

 娘の表情が目に見えてやわらいだ。
「巡礼の方ですか? だったら母さんのために祈っていただけませんか? ついそこの、ドーラの村なんです」
「ご病気なのか?」グロスの問いに娘は口を閉ざしたが、やおら顔を上げると訴えた。

「母さんは1年前にゼリアの街が滅ぶのを見てしまったんです。それから様子がおかしいんです。お願いです! いっしょに来て下さい!」


 娘はリーザと名乗った。彼女の母はドーラの村の占師だった。だが1年前のある夜、ゼリアの街が魔物の群れに全滅させられたのを見たのを最後に力を失った。しかもそれ以後様子もおかしいという。
 そんな話をするリーザを馬に乗せて手綱を引いて歩くうちに、ドーラの村が見えてきた。十数戸の農家、おそらく百人弱とおぼしき小さな規模の村だった。


 村人はみな髪が赤く鳶色の目をしていた。アラードは無人の廃墟だったゼリアでは感じなかった感慨を覚えた。この地が自分の故郷だったという思い。実感となるために必要な記憶はなに一つなかったが、草原で見た様々な人々の営みの記憶がありえたかもしれない自分の姿を幻視させた。それは彼を甘く苛んだ。

 村長に挨拶をして案内された占師の小さな家は一番奥だった。



 リーザの母ローザは背が老婆のように曲がっていたが、大きな鳶色の目が神経質な印象を与える細面からは40前くらいと見て取れた。娘が連れてきた三人の珍客に驚いた様子で針仕事を置き杖にすがって立ち上がった。見ると左足が短かった。

「巡礼の旅の途中に砂漠で廃墟の街を見ましたが、そこからこの村へ来ましたら娘さんに随分と驚かれましてな。聞けばあの街のことをご存じとのこと。できれば宿をお借りした上でお話しでもおうかがいたいと思いましてな」

 巡礼の型どおりに癒しと招福の祈りを捧げたグロスが話す間もローザの目は彼らを値踏みするように見ていた。アラードは占師と呼ばれる者には初めて会ったが、見すかされているような気がして落ち着かなかった。

「納屋でもよければ泊めてあげるよ。でも、あの街の話は夜にはとてもできやしない。リーザ!」「なあに? 母さん」
「客人だ。これじゃ水が足りないよ。汲みに行っておくれ」
 リーザは怪訝そうに母の顔を見たが、うなづくと水桶を持って出ていった。

 リーザには聞かせたくない様子だった。アラードはどんな話になるのか、なんだかわかるような気がした。


 ローザはしばらく聞き耳をたてている様子だったが、やがて三人に鋭いまなざしを向けた。

「あんたたち、巡礼じゃないだろう?」
「……なぜ、そう思われる?」
「あれからこの道はみな怖がって来ないんだ。巡礼ならなおさらさ。だいいち街道を通らなきゃ巡礼地には行けないのに、あんたたちは砂漠のそばをずっと来ただろ。でなけりゃそんなに日焼けするはずがないよ」
「これは参った。もっと気をつけないといけないようですな」
「これでも占師だったんだ。今はただのお針子だけどね」
 自嘲の笑みを浮かべながらも、その目は彼らを探っていた。

「で、どうしてあたしの話が聞きたいんだい?」

「我らは魔物の群れを追っている」
 ボルドフが静かにいった。
「たった三人でかい? そんな馬鹿な!」
「むろん正面から挑めはしないが、それでもやつらの被害を少しでも抑えたい」
 ボルドフはローザの目をまっすぐ見た。
「あの街が魔物に滅ぼされたのを見たと聞いたが?」

 ボルドフの視線を受けとめたローザの顔が苦しげに歪んだ。
 逡巡の後、しかし彼女は思いつめたように口を開いた。

「1年たってもまだうなされるんだ」
 声がかすかに震えていた。
「あたしはとんでもないもんを見てしまった。遠見の力があったばかりに。しかもそのせいで力まで無くしてしまった」

 ローザは椅子にかけ直すと、杖をぎゅっと握りしめた。
「この話は嫌なんだ。なるべく手短かにさせておくれ!」

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