西郷信綱『古代人と夢』（平凡社 1993年）
歳を取ったせいか最近夢をよく見るようになりました。ほとんど毎日、とくに明け方の目の覚める前に、大量に見るので、これはボケの始まりかと心配しているところです。昔の職場の仲間とか大学時代の友人ら、亡くなってるか生きてるかも関係なく、同じ場面に出て来て、どこか大きな旅館のなかでさ迷ったり、ビルのなかをエレベータや階段で上ったり下がったり、裏の通路を歩いたりと、建物のなかで右往左往する夢が多い。そんな話はどうでもいいですが…。しばらく夢についての本を読んでみようと思います。昔から興味深いテーマだったので、これまで少しずつ買い集めて読まずに大事に取っておりました。
とっかかりの本として、古代人が夢についてどう考えていたかを探った本を読んでみました。西郷信綱のお名前はよく目にしていて、『詩の発生』というのも大事に取ってあります。日本の古代文学が専門のようですが、専門に捕われない興味の幅広さや論述の進め方の巧みさに感心しながら、面白く読めました。夢の話だけでなく、常世−根の国−わだつみなど他界の話、それに魂や幻視の話にまで及んでいます。
興味の範囲内で、いくつか主要な指摘を私なりに下記にまとめてみました。
�＼里凌諭垢蓮¬瓦鮨澄垢噺鬚錣覯麩�、他界からの信号だと考えていた。なので夢を通して神託が下されることとなる。自然に見る夢よりも、祭式的な手続きによって夢を得ようとして、例えば、天皇は夢を見るために神牀（カムドコ）に籠ったりした。そこで得られた神託は公的に信じるべきものであり、王位の継承者をそれで決めたりしていた。しかし、時を経るにつれ、神託を政治的陰謀の具にしようとして、宇佐八幡の神託をめぐる弓削道鏡事件などが起こるようになった。
�∧�教が隆盛すると、仏教信仰と関連して語られる夢のお告げが圧倒的に多くなる。例えば、長谷寺は人々に夢を授ける場所として栄えた。これは実際に寺で眠って夢を見るのである。長谷の観音だけでなく、一般に観音は、古い神々の居た山地の岩場に示現することが多い。これは、夢が大地に属するものであり、夢を授けるものとしての観音が、地母神の性格をその根底に持っていることを明らかにしている。
�Ｆ�本書紀、源氏物語、今昔物語の夢の例を見ると、歴史とともに、公的なものから私的なものに変化していくのが見てとれる。これには個人の魂を問題とする仏教の影響が大きかったと思われる。さらに太平記になると、夢などを問題にしない武士の合理的な態度が現われてくる。
�じ渋綽佑�夢を見てもすぐ忘れ去るのとは違って、昔の人々は、夢を大事に扱った。吉夢は神々からの人間への贈りものとして珍重された。それで、夢を売ったり買ったりした。また吉夢を口外すると横取りされる恐れがあるとされていた。人に夢を見てもらって自分の運命を占ったりもした。
�イ泙拭¬瓦硫鮗瓩了妬�が大いに問題となった。夢は善くあわせるとその身の幸となり、悪くあわせると凶になると昔の人は信じていた。夢あわせは一種の暗号解読法であり、特殊な技術が必要で、そのことを職とするものがいた。アレキサンダー大王が遠征に夢解きを同行させたという話もある。が、通常の場合は、自分で解くのが一般的で、そのための参考にする夢書というのがあった。
引用されている話のなかで面白かったのは、今昔物語の「信濃国王藤観音出家語」で、ある里人が、「しかじかの恰好の男が明日この湯にやってくる、それが観音だ」という夢を見て、その噂がたちまち村中に広まり、落馬の傷を癒しに湯治にやって来た男を、みんなして観音と信じこんでひたすら礼拝し、拝まれた男もその気になってしまうというもの。もうひとつは、「味噌買橋の話」で、味噌買橋の上に立つとよいことがあるという夢を見た長吉が、何日も立ち続けていると、それを見ていた豆腐屋の主人が、「私も変な夢を見た。乗鞍の沢山という村の長吉という男の庭の松の木の下に宝物が埋まっているという夢だが、どこにあるかも分からんし当てにならんよ」と言って笑った。慌てて帰って掘ってみると宝があり長者になるという話。これは世界的な分布を持つ話だそうで、引用されていた『千一夜物語』の「おちぶれた男が夢のお告げで金持になった話」も面白く読みました。
直接夢とは関係ないかも知れませんが、下記の記述が目に留まりました。
�〆欧反瓦麓舛琉磴Δ發痢�心は心は身体器官としての内臓とかかわり、それらの器官の内具する知情意のはたらきを意味した。魂は、内臓に局在するのではなく、身体から分離しうるもので、死においてこの分離は決定的になる。私が魂を持つのではなく、私は魂の保管所なのである。蝶や蜂や鳥が魂の象徴とされたのは、これらの動物のひらひらとした動きに息のリズムを思わせるものがあるからであろう。
��農耕社会の信仰はおもに雨と水、水源としての山に向けられていたのであって、必ずしも太陽に向けられてはいなかった。太陽崇拝は、決して自然発生的でなく、神権的な政治権力つまり王制の独自な発展と結びついていた。
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