昨日の続き。『形而上学入門』が終わったので『シュピーゲル対談』を読む。「苦しい言い訳」を予想していたが、意外にも彼の説明は明快だった。フライブルグ大学長となった1933年のほぼ一年間に、彼が行った対応はユダヤ人学生、教授をむしろ護ろうとするものであったし、巷に言われているユダヤ人の著作の焚書に加担したというのに対しては、大学前で行われる予定のものを禁止さえしている。一年に満たずに退任したのもナチス指定の教授の送り込みに抵抗しての辞任だった。辞任後も、授業は常に秘密警察に監視されていた（送り込まれた密偵が去る時に自らそれをそれを告げた）。ただし、妥協しなくては切り抜けられない状況の中で学長時代、総統を讃えた発言をした事実は認めている（翌年以降は言っていないとしている）。彼の著書はヒトラー・ユーゲント機関誌で攻撃され、彼の学長就任講演はナチスの指令により書店から回収され、国際的な哲学会に彼は派遣されることはなかった。デカルト学会の時には、なぜドイツ代表団に彼が入っていないのかとの問い合わせがなされたことから文部省から遅れて参加の指令が来たが彼は拒否した。
新学長による全教員の三区分----�〜瓦�不要な教員��半分必要な教員�Ｉ垈跳腓紛軌�、の中で、ハイデッガーは�，梁莪貳屬傍鵑欧蕕�1944年夏には、ライン河畔に動員され土木事業に従事した。彼はその時、55歳だった。これらを読むと、彼がナチ党員となり、その流れに寄与した事実はあるにしても、一年後には距離を置く立場となり、むしろ危険人物として監視され、冷遇されたのは事実のように思える。国民の90％がナチを支持した熱狂の中で起きたさまざまな事実は、私たちが想像しえない部分を含んでいるのだろう。1934〜35年のヘルダーリン講義、1936年のニーチェ講義が「聞く耳を持っていた人はみんな、これがナチズムとの対決であったことを聴きとりました」というのは、あながち言い訳のための言葉ではなかったかもしれない。
それ以上に、このインタビューに打たれたのはそれらの「弁明」を超えてハイデッガーが語った現代（当時の）への視点、とりわけ技術と人間についての考え方だった。インタビュアーが「現代技術を使いこなせないというのはペシミスティックすぎる」｢現代技術は全て機能しており、われわれは裕福に生活している。一体ここに何の不足があるのか？」と問うのに対して彼は答えている「原子爆弾がなくてもすでに人間の無根化は進んでいます。（略）今日人間が生きているところ、それはもはや大地ではありません」。また詩人ルネ・シャールとの対話で彼が言ったことを引用してこうも言っている。「ここで進行している人間の無根化は、もし思惟と詩作とがもう一度暴力なき威力に達するということがないならば、もうおしまいです」。
哲学に即効性の「影響」力を求める聞き手と、世界がただちに影響を受けるようなことはないとするハイデッガーとは噛み合わない部分もあるが、それでもハイデッガーは我慢強く語っていると感じた。「『影響する』ためには三百年が必要だということだってありえます」「思惟するとは何も行為しないことではありません」。これに対して、聞き手は三百年も生きられないし、その間沈黙を聞いているだけでなく、哲学者に助けを期待しているのだ、それなのにわれわれは「あなた方を助けることはできない」という言葉しか聞けないのか？と食い下がっている。だが、哲学とはそのように役に立たないものだ。役には立たないけれど、どうしても必要なものだ。地上を人間が生きていくうえで。
『ヘルダーリンと詩の本質』の中で、ハイデッガーが詩人の言葉を引用しているのを思い出した。詩作は「汎ゆる営みのうち最も罪のないもの」という言葉を。そしてまた「人間はこの地上に於いては詩人として住んでいる」を。この講義は1936年のもののようだが、上記のものと同じだろうか。ちなみに、『形而上学入門』もヘルダーリンの引用で終わっている。彼の哲学の中でこの詩人の大きさははかり知れない。
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