GÉRARD PRÉVOT『LA NUIT DU NORD―La nuit des grandes ombres』(marabout 1974年)
数年前パリのミステリー専門古本屋「L’Amour du Noir」で購入した本。GÉRARD PRÉVOTは以前、『LE DÉMON DE FÉVRIER ET AUTRES CONTES FANTASTIQUES (2月の悪魔―幻想短編集)』(2011年6月27日記事参照)と『CELUI QUI VENAIT DE PARTOUT et autres contes fantastiques(いたるところから現れたもの―幻想短編集)』(2013年9月22日記事参照)を読んだことがあり、なかなか巧みな書き手という印象があります。
この本は、中篇と二つの短篇とが収められていますが、タイトルにある「北方」のとおり、ブルージュやオーステンデなどが舞台で、北方の街の迷路のような路地や、北の海の荒涼とした浜辺、古城などが背景に出てきます。
いずれも怪奇的な味わいが濃厚です。なかなか物語の要約は難しくて、面白さもなくなってしまうのが残念ですが、各篇をご紹介しますと(ネタバレ注意)。
○La nuit du nord(北方の夜)
ブルージュが舞台。主人公の若い女性が恋人のところへ夜行こうとして袋小路に入り込んでしまい、そこで恋人とそっくりの悪魔に誘惑される。悪魔は恋人と違って手に悪魔の印があり、恋人を殺したいと言う。次の夜の同じことが起こったが隙を見て悪魔をナイフで刺し殺す。恐ろしくなりブルージュを離れトスカナの別荘に行き2週間後戻ると、恋人は交通事故で死んでいた。しばらくしてトスカナの別荘で新しい出会いがあり婚約するが、結婚式の前日、夫となる人の手に悪魔の印を見つけてしまう。
幸せが崩壊する恐怖が何度か描かれますが、それは世間的な幸福と自らの奥深い欲望との間の戦いとも読み取れます。夜、さ迷いこみ悪魔に誘惑された路地の袋小路を、翌日の昼間、いくら探しても見つけられないというのは、逆桃源郷のようなトポス。結末は非現実的な空間に入りこみ、主人公がまたナイフを手にしたところで、宙ぶらりんのまま終っています。
○Les oyats(ハマムギ)
オーステンデが舞台の中篇。ある男がBrumerという名を与えられ、3人の仲間の下で、3年間の作業を命じられるところから始まる。それは水上の城と水車小屋に立てこもって海中に7本の鉄棒からなる鉄柵を組み立てること。一本ずつ作業が終わるたびに、アルファベットを記して行く。3本目で恐怖を感じ、アウシュヴィッツの幻覚を見る。浜辺でDollyという車椅子の少女と知り合って仲良くなるが、彼女は感受性が鋭くBrumerに対し「悪魔はあんたでしょ」と言ったりする。ところが彼女は死んでしまう。その影響で6本目を終えた時恐ろしくなって作業を中止してしまった。計画が失敗に終わったことを知った仲間は彼を浜辺で撃ち殺す。
Brumerは死んだ日の朝、カジノで遇い意気投合したことのあるJohansenに手記と指示書を託していた。Johansenは指示書をもとに海から鉄棒を拾いあげ作業を一からやり直す。3本目が終わった時広島原爆の幻覚を見る。指示書には、6本目まで終えたら読むようにと封筒がついていて「すぐさま完成した鉄柵をばらばらにして海に破棄し終えたら次を読むように」と書いてあった。廃棄した後読むと、Brumerと三人の仲間は木星人で、地球を破滅させ支配しようと、電磁波を受ける装置を作ろうとしていたことが分かった。BrumerはDollyと出会って気が変わりその計画を破壊したのだった。
30年後、Johansenは教え子のPeterにこの話を語る。その夜、嵐で停電のなかJohansenは階上に誰かいることに気づき、蠟燭を持って廊下に出ると、あの鉄棒が落ちていた。階上の部屋に入るとそこにBrumerがいたので思わず手にした蝋燭を投げつける。家が火に包まれるなか、JohansenはPeterに誘導され白い車に乗せられ連れて行かれるのだった。
前半の不思議な雰囲気はミステリータッチで、途中から荒唐無稽なSF話のようになり若干失望、最後は語り手の狂気という落ちで終ります。論理的に説明がされないままのところもありますが、すべて狂気ということで正当化されてしまうのがこうした物語の弱点。が、この中篇は語りの構造に魅力があります。初めはBrumerの語りと客観的記述が入り混じって進行しますが、途中でBrumerの語りはJohansenに対してのものだと分かり、Brumerの死んだあとは、Johansenが引き継いで教え子のPeterに対して語ります。ということはこれまでの話はすべてJohansenの語りのなかの出来事ともいえます。Johansenがする話のなかにBrumerの手記が混じったり途中客観的記述になったりしますが、最後はJohansenの独白で終ります。
雰囲気作りが巧みで、7つの鉄棒に1本ずつアルファベットを記して行くという話の進め方は、どんな文字が現れるか興味を盛り立てますし、町や浜辺にはたえず雨が降り風が吹いていて寂しい印象を掻き立てます。10章は黙示録を見ているようで圧巻。また文章の途中に、詩人の言葉がところどころ引用されているのも、文学的なふくらみを感じさせます。
○Le spectre mécanique(幽霊ロボット)
ドラキュラ城を思わせる雰囲気の古城が舞台。昼夜逆転した生活をしている伯爵の叔父の城へ子どもの頃訪ね、倉庫で叔父の作った幽霊ロボットを見つけた主人公。幽霊は叔父の犯罪に奴隷のように使われたことを告白し叔父を殺したいから電池を入れ替えてくれと懇願する。その夜叔父は心臓発作を起こして死んだので、主人公は買ってきた電池を池に捨てて親元に帰る。老年になった主人公は城主となり叔父とよく似て昼夜逆転の生活を送ることになる。ある日昔の幽霊のことを思い出して倉庫へ行くとまだ置いてあった。早速電池を入れ替えてみると・・・。
子どもが主人公になっているのと、話が非現実的でも平然と書き進んでいること、文章がやさしいことから考えると、この物語は子ども向きに書かれたものでしょうか。
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