行った先は有楽町の読売ホール。久しぶりに有楽町に来たんだけど、まるで知らない町。街が変わったのか、こちらのイメージが古いのか (ーー;)まぁとにかく、道を間違えたりしながら読売ホールへ。ここ、初めて来ました。むかしSOGOだった建物ですよね。7階で
日曜日にやっていた「こころの時代」を見る。無着成卿88歳。生きてたんですねぇまだ。「山びこ学校」で時代の寵児となり、注目されると山形県の山元中学校を辞めて駒澤大学の学生になり、一転して明星学園の教師になって、子供電話相談室の相談員や教育評論家
先日行った神社、二つ目。群馬県前橋市の産泰(さんたい)神社。御祭神は木花之佐久夜毘売(のこはなのさくやひめ)。女神を祀っている点や社名からもわかるとおり安産を祈願する方が多く訪れる神社だ。本殿脇には妊婦がスルリと出産できるというヌケビジャク
3日に出かけておりました。行ったのは、群馬県桐生市の美和神社。崇神天皇の時代に創建されたと伝えられる古社で、御祭神は大物主命と須佐之男命であるが、須佐之男命は明治41年に合祀されたもの。元々は、本町に衆生院という寺があり、ここに牛頭天王が祀ら
福島に桃を買いに行って、少し足を延ばして米沢に行きました。そこで数社めぐって、隣町の山形県東置賜郡高畠町にも行きました。目的地はここ。犬の宮・猫の宮です。我々が着いた時は、ペット協会の行事があった後だったそうで、すでに人影はありませんでした
最近、NHKの「こころの時代」を見る機会が多くなった。正眼僧堂 山川宗玄師の話。末期がん患者だった方に、「日々是好日」と書いて与えて、この日一日を精一杯生きるという事で死ぬ覚悟ができたという話。正眼僧堂はだいぶ前に、NHKで「正眼僧堂の春」
奈良大学教授 上野誠万葉集を“聖典”とは、何を勘違いしているのかと思ったら、これが、神道の真髄を語っていた。君が行く 海辺の宿に 霧立たば 我が立ち嘆く 息と知りませ 万葉集 巻15-3580「続日本紀」に遣新羅使がいつどんなルートで行ったかは
二回目は法華経。法華経の思想は、要約すると三つ。○一乗思想誰もが仏になれる。○久遠実成の釈迦牟尼仏はるか昔に成道を果たされた仏がいて、今現在も化身が現れて人々を導いている。○菩薩の使命この教えを伝え、人々を導くことが使命である。根本にあるの
高橋和巳「邪宗門」のスキャン中。この小説が朝日ジャーナルに連載されていた頃を知っているのだが、当時の学生運動の活動家に漂っていた理想と結末の雰囲気を伝えているような気がする。内容は、大本教をモデルにした、権力と宗教団体の対立なのだが、終戦後
NHKで今日の10:05からやった「明日へー支えあおうー生命に何が起きているか」を録画で見てます。科学者たちが福島の放射能汚染地帯に暮らす動物を使って被爆の影響を調査していることを伝えるもの。最初に言われた。「癌になったかどうかって、癌は最悪の
よそのSNSで英彦山に登って鳥などの写真を撮っている方が、偶然見つけたという梵字の三尊碑をアップしていた。薬研彫りのすばらしい碑なのだが、撮影した方は梵字であることしかわからないという。見ると、上にあるのがキリークで普通は阿弥陀如来。阿弥陀
階級闘争が意味を持っていた時代に、「第百階級」などという題名をつけた詩を発表するのは、社会の底辺に生きている人だろうと思うが、この詩人との出会いは、「冬眠」という詩だった。紹介しておこう。冬眠・世界で一番短い詩。奇をてらっていrと言うより、
最後に行ったのは祖母井(うばがい)神社。栃木と茨城の一部に地域限定で多い星宮神社の一つでもあるのだが、詳しいことは分からなかった。本殿の彫刻が、彩色もあって東照宮のようなきらびやかさ。このような極彩色の本殿は神社の場合珍しい。ここでは、最後
出かけておりました。最初に行ったのは桜川市岩瀬町の鴨鳥五所神社。前から気になっていたのですが、やっと参拝できました。この神社は「茨城県神社写真帖」(昭和16年)「茨城県神社誌」(昭和48年)に写真があるのだが、拝殿が改修されているようだ。主祭
ここ何年か神社を巡拝しているが、神道というものは面白いものだと思う。祭神・来歴・氏子から合祀されている神様まで、まったく、よくもこんなにと思うくらいさまざまなのだ。高校の倫理社会で取り上げた日本思想としての神道のテーマは「清明心」だった。禊
長崎 大村市にある禅心寺の住職:金子真介師の話で、インタビュアーは金光寿郎氏。大村はキリシタン大名だった大村純忠が寺社仏閣を取り壊すという政策をとったため禅宗寺院が無く、禅心寺は昭和62年に出来た寺院だという。檀家もなくて、苦労しているのだろ
3月30日(月)、女房の希望で夜桜を見に行きました。場所は任せると言われたんだけど、ぼんぼりの設備があっても上野公園には行きたくないし、無難なところで千鳥ヶ淵にしました。四時に出ると言ったんだけど、女はすぐに出られないのよね〜。30分遅れ。九段
3月28日(土)出かけておりました。行先は栃木県。式内社を数社回っておりました。最初に行ったのは小山市粟宮の安房神社。社前の御神木は陰木のようですね。境内社にお祀りしてある神様がなかなかユニーク。三峰神社・道祖神社以外は、山神社をたまに見るく
息子の通っていた大学で、学位授与式(卒業式)があった。小学校入学から、留学していた一年を加えて17年間の学校生活が終わったのだ。過ぎてしまえば、あっという間の17年間。三日にわたる就職先の研修に出かけてしまった息子のことを考えて、様々なことが頭
弘法大師筆、飛白体「十如是」というのを知っているだろうか?十如是は「法華経」序品にある文章なのだが、これを空海が飛白体で書いたものが京都の神護寺に残っていたというのだ。この「十如是」いまは、無い。何故無くなったかというと、明治10年頃に盗まれ
区立図書館に神田喜一郎全集が無いので、随筆「墨林閑話」を読む。最初は書の話。神田喜一郎は国宝に指定された書も所蔵していた方なので何を持っていても驚かないが、伏見天皇・後伏見天皇の宸翰も持っていたんですね。尊圓法親王(伏見天皇第六皇子)も含め
NHKアーカイブスで「死の国の旋律 アウシュビィッツと音楽家たち」をやっていた。最初に見た時に、強い衝撃を受けた番組で、いま見返しても、その衝撃は変わらない。アウシュビッツで楽団に入っていて生き延びた音楽家の話だ。彼らは、アウシュビッツに到着
昨日は夜中に息子がスカイプでやり取りしていて眠れなかった。内容は、友人と短期旅行をしようかという話らしい。「屋久杉見に行こうか? パスポート使いたいの?」「台湾は?台湾って、何か見るもの有るのかな?」故宮博物院は眼中にないようだ。「台湾帝国
「汲古」26号 平成06年11月「類書の発生」木島史雄読んでます。魏の文帝が編纂させた「皇覧」を類書の嚆矢とする論文を書かれている方が、補足として類書の発生は必要に応じて役所が作っていた便利帳のようなものがあり、「皇覧」は皇帝が最低限知っておくべ
セネガルに行っていた友人と逢いました。二人だけで逢ったので、落ち着いて話が聞けて大変面白かったのですが、はばかる話もあるので、記憶している範囲で雑感。セネガルはアフリカ西端なんですね。突端付近は砂浜で、その先には灯台があるのですが、そのあた
ある方と詩の話になったので、久しぶりに、詩の話。昔、伊勢に友人と旅をし、私の希望で安乗埼灯台に行ってもらったことがあった。灯台までの狭い道を、敢て進んでもらったのは、伊良子清白の「安乗の稚児」の詩を生んだ場所が見たかったからだ。漂泊蓆戸(む
ちょっと追加。村上がベーシックインカムを持ち出して、仕事ができない人々は同一賃金同一労働という環境になじまないので、最低保証はしてやるから職場から追い出せという発言をした。この認識はピケティに起因するというのだが、ピケティの資本主義認識では
お見舞いに行った帰りに、近くの天祖神社と冨士神社に行った。天祖神社は源頼朝が奥州討伐に向かう折に霊夢を見、松の枝に大麻(伊勢神宮の御札)がかかっているのを見て天照大神を祀ったのが起こりとされる。社殿は神明造。裏手に、青面金剛が祀ってあった。
出かけてました。場所は、都立駒込病院。患者はすい臓がんで、発見されてからも剣道の稽古に来ておられた方。昨年12月25日の稽古納めにも参加され、28日から車中泊で単身三泊四日の伊豆旅行をされていたという。それが、正月二日に耐えられないくらい容態が悪
扨、再開。三浦。グローバルエリートとコミュニティーが強調され過ぎているが、大多数であるコモディティー(特異な競争力を持たないがために均質な商品とみなされ、価格競争にさらされる労働者)に注目すべきだという。 三浦自身も認めているように、こ