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2008年04月09日05:23

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メデューサ第8章

「鉄鎖のメデューサ」第8章(MF〜MF)2021年改稿版


 かくしてロビンの新しい日課はあえなく頓挫の憂き目にあったが、それゆえもう一つの日課のほうにロビンは、正確にいうならロビンとクルルは全力を注ぐこととなった。それはクルルに言葉を教えることだった。
 小柄な妖魔はあの脱出への試みが結果としてあれほどの騒ぎになってしまったことを自覚しているらしく、決してロビンの家を自ら出ようとするそぶりを見せなかった。そして、あのとき声を交し合うことで奇妙な信頼関係を築いて以来、クルルはロビンが発するあらゆる言葉に尋常ならざる集中力で聴き入っていた。
 ロビンもすぐそのことに気づいた。酒場で大人から手掛かりを聞きだす試みが失敗した以上、クルルについての情報源はもはやクルル自身のみだった。ならば、もし言葉を交わせるようにさえなれば、クルルにどこから来たのか教えてもらえるという考えにたどり着くには時間はかからなかった。

 もはや目的を達成するための手段はこれしかないと思いつめたロビンと、種族本来の習性や能力に加えそんな少年を魔の巣窟のただ中の一縷の光明とも命綱とも頼るクルル。教える者教えられる者の双方が発揮した大いなる熱意と集中力によって、たちまちクルルは身の回りのものの名前を聞き分け、先が二つに割れた舌ゆえか舌足らずながらも発語もできるようになった。動きや表情を意味する言葉がそれに続いた。抽象的な概念を表す言葉を伝え合うのは未だ困難だったが。
 そんな中で、ロビンはクルルがどこか大きな森で暮らしていたことを聞き出した。そこは雪も氷もない暖かい場所らしかった。他にもなにか様々な生き物が住んでいて、甘くて香り高い果物がたくさん実っている場所のようだった。具体的な場所は分からずイメージを掴みきれない部分も多々あったが、どうも予想以上に遠い所のように思われた。

 その者がやってきたのはそんな時だった。


−−−−−−−−−−


「もう酒場に来るのはやめたのか?」

 仕事から帰ってきたロビンは自分の家の扉の前に立つ人影にそういわれて身を硬くした。そんな少年の様子を見て草色の長衣を着た人影は茶色のフードの奥からくぐもった笑いをもらした。
「無理もない。あれほど一生懸命訊ねているのに聞かされたのがあんな与太話では」
「な、なんのことですか?」
 しらを切ろうとした声が、だがとっさのことで震えた。
「隠そうとしても無駄なこと。私はおまえがこの家にあれを連れ込んだのを見ていたのだから」
 そういわれた少年の顔が蒼ざめた。
「表通りでしていい話ではないはず。おまえはあれがどこから来たのかを訊き出そうとしていただろう? その場所を私は知っているのだよ。まあ、詳しい話は中でするべきだとは思うが」
 杖を持った手が街角の向こうの警備隊員の姿を指し示した。
 警備隊に知らせるつもりはないらしい。では何者か。

 そのときロビンは思い出した。クルルは何者かに捕まりここへ連れてこられたのだったと。クルルの話では直接顔を見たことはほとんどなかったらしかった。ごとごとと動く大きな箱を被せた暗い鉄の檻の中で鎖に繋がれたまま目覚めて以来、人間の声は耳にしても姿を目にすることはなく、食物や飲み物も檻の隙間から押し込まれるだけだったようなのだ。
 この街の近くで檻が開けられたとき、なんとか鎖を切ることに成功していたクルルは外に跳び出し、そのとき初めて自分のいた檻がたくさんの馬に曳かれていたことを、そして鎖を別の檻に付け替えようとする石の人形と多くの馬に乗った人間たちが周りにいたのを知ったということだった。

「……クルルをさらってきたのはおまえなんだな!」
「これは驚いた。名前までつけているとは。だが違う。ここまであれを連れてきたのは私ではないよ。ロビン」
「僕の名前まで! 悪者め! ずっと見張っていたのかっ!」
「声が大きい!」
 小声で鋭く一喝したあと、人影はいっそう声をひそめた。
「確かに私はずっとお前たちを見張っていた。だが私が悪者ならそんな回りくどいことをすると思うか? 一人で会いにきたりすると思うか? 仲間をつれて押し入ってしまえばすむことだったとは思わないか?」

 黙ったまま答えないロビンに、人影は嘆息した。
「私にはおまえを信じさせるすべがない。だが、私はあれを故郷に帰すべきだと思っているんだ。せめて話だけでも聞いてはくれないか」
 その言葉がロビンの心を捉えた。

 クルルをどうするつもりか、自分は相手に話していない。クルルを故郷に帰すつもりであることを相手は知らないはずだった。それなのに相手はクルルを故郷に帰すべきだといったのだ。
 疑いを完全に晴らしたわけではなかった。ひょっとしたら悪者たちがこの家をもう取り囲んでいるのかもしれないとも思った。だが、それならとても逃げられない。前のような大騒ぎになればもはや行くところさえない。むしろ相手がどういうつもりなのかだけでも知るべきかもしれない。
 自分にそういい聞かせたロビンは覚悟を固め、相手を見つめたまま扉を開いた。


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