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2007年10月26日13:00

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続きのお話1の繋ぎ

「黄金の髪の乙女たち」  〜「アルデガン」外伝1〜


                 ふしじろ もひと


 第2章 荒野


 大陸の西のはずれに広がる広大な森の近くの荒野のただ中で、魔物たちが真昼の太陽の下に身を寄せ合っていた。

 岩のような体表をした巨人が太陽に背を向けて立ちはだかり、高い太陽を遮るわずかな日陰に大きなものが小さなものを守るように密集していた。その中央に獅子の体に人の顔と刺のある尾を持つ魔獣が分厚い皮の翼で眠るリアの体を覆っていた。

 闇の中で転化した吸血鬼の牙を受けたリアにとって、太陽の光は灼熱の白い闇だった。転化の過程で光に当たる時間が長かったためいくらか耐性が高まり体が焼けるまでには至らなかったが、陽光を浴びれば目はまったく見えず力は大きく削がれ、焙られるような苦痛に容赦なく苛まれた。そして消耗した体は激しい渇きに襲われた。

 魔物たちは彼女を陽光からせいいっぱい守っていた。しかし、安らぎのない眠りが見せる悪夢からは守るすべがなかった。



 生まれてからアルデガンを出たことがなかったリアは外の世界をまったく知らなかった。彼女は魔物たちをつれて南下した果てに広大な砂漠に出たが、砂漠生まれの魔物たちが棲むべき場所と感じているのを察知したため入り口で彼らを解放してしまった。そして人里が少ないと考え砂漠を突っ切ろうと踏み込んだため、導くものもない彼らはたちまち迷ってしまった。

 そこは地獄だった。苛烈な太陽は容赦なく彼らの体力を削り、吹き荒れる砂嵐は彼らを翻弄した。
 魔物たちは弱いものから倒れ、生き残ったものはその骸を貪りかろうじて命をつないだ。

 果てしなく身を苛む苦痛と己の無知ゆえにこんな地獄へ群れをつれ込んだことへの激しい自責の上に、狂気をもたらす渇きが重なった。
 ついにリアの意識はとぎれた。
 これほどの苦しみでさえ死ぬことができぬ我が身を呪ったのが砂漠での最後の記憶だった。


 やっと意識を取り戻したとき、どれほどの時が過ぎていたのかさえまったくわからなかった。

 そこはもう砂漠ではなかった。大きな建物の中だった。砂煉瓦の壁も砂岩を敷きつめた床もなにもかもが血にまみれていた。
 魔物たちはいたるところでもとの形がわからなくなったものをひたすら貪っていた。

 なにも覚えていなかった。だが顎がべっとり濡れていた。
 あげた絶叫が悪夢に憑かれた眠りを引き裂いた。



 涙のあふれる目が見開かれ真紅の光を捉えた。地平線に黒々とわだかまる彼方の森の背後の空が一面の朱に染まっていた。
「また……」
 まだ悪夢の中にいる心地でリアは呆然と周囲を見回した。

 自分を守っていた魔物たちの姿が目に入った。
 ずいぶん数が減った彼らの姿にリアはふと疑問を感じた。

 彼らは解放されなかったわけではなかった。一度はそれぞれに適した場所で解放され同族が去ったにもかかわらず彼女の元から去らなかったものばかりだった。
 これまではさして不思議に思わなかった。数が多すぎれば獲物を奪い合うことになるから離れた場所になわばりを作るのだろうと思っただけだった。

 だが昨夜の若者たちとの遭遇に呼び覚まされた悪夢に苛まれた身には、彼らがつき従うのがいかにも奇妙に思えた。

「……私についてくるのはなぜ?」
 リアは低い声で問いかけた。

「私はあなたたちをずっと苦しめてきた。人の多い場所を避けていくからいつも飢えさせて、あげくに恐ろしい砂漠に迷い込んで多くの仲間を死なせまでした。
 さんざん苦しめてきたはずよ。なのになぜついてくるの?
 ……なぜ、ここまで私を守ってくれるの?」

 応えは返ってこなかった。ただ、とまどったような思念の動きが感じられた。
 魔物たち自身にもよくわからないようだった。


 突然、彼方の森から妖気に満ちた風が吹き寄せてきた。それはさきほどまでとは比較にならない濃密なものだった。風に乗って森全体がざわめくような気配が伝わってきた。あきらかにただの森ではなかった。

 はるかな先、風の中心になにかがいきなりあらわれた。
 森のはずれに突如としてあらわれたような感じだった。
 吸血鬼の気配だった。しかも強い妖気を放っていた。
 どんな相手なのか見当もつかなかった。

 魔物たちを解放するどころではなかった。
 尋常ならざる場所のようにしか感じられなかった。
 彼らをこれ以上危険にさらしてはいけない!

「みんなは近づかないで。私が確かめるから」

 意識をはるか先に伸ばしながら、リアはざわめく森へと魔風に髪をなびかせ歩みを進めた。

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