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2007年09月27日21:38

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お話の部品 27

    エピローグ

 3日間にわたって燃え盛った炎がようやく下火になったとき、アルデガンは変わり果てていた。

 結界の源だった宝玉を収めたラーダ寺院の尖塔は崩れ、魔物を封じていた岩山は完全に姿を消していた。炎が振り注いだ城壁や建物にはいまだに燃えているものも煙を立ち登らせているものもあった。結界を失い魔物が解き放たれたアルデガンはもはや封魔の城塞ではなかった。こじ開けられ焼け焦げた空の檻だった。

 とはいえ金色の翼の魔物が炎をかなり吸い上げたために見かけよりは被害が少なく、人的な被害はさらに少なかった。死者はゴルツとアザリア以外に運悪く炎の直撃を受けた者が数名。大きな火傷や傷などを負った者もそういなかった。火災の規模を思えば奇跡的とさえいえた。

 しかし人々の心に残された爪跡は深刻だった。
 その荒みようは焼け跡など足下にも及ばなかった。

 アザリアの書状を直接目にした者は砂地の4人だけだったが、城壁にいた者たちはリアの訴えやゴルツの叫びから事情を悟っていた。なにより外界から襲いかかったあの凄まじい火の玉の姿を見た者ならアルデガンが外からの力で破られたとしか思いようがなかった。裏切られ背後から襲われたように誰もが感じた。

 しかも追い討ちをかけるようにもたらされた戦禍の知らせは、アルデガンの人々、ことにノールド出身の者にとってあまりにも残酷なものだった。



 焼け跡と化したアルデガンには王城リガンからきた小隊の姿があった。火の玉の標的となったアルデガンの状況を把握し、もし生き残りがいたなら緒戦で失われたノールドの兵力に組み入れることが目的だった。

「わずか2日でこれだけの村々が焼かれ滅ぼされた! 生存者も確認されていない!」
 読み上げられた村の名前を聞いた人々の悲鳴や怒声に負けじと小柄な小隊長は声を張り上げた。
「この地を襲ったあの火の玉もレドラスが放ったものと確認されておる。レドラス許すまじ! レドラス討つべし! 我と思う者は遠征隊に志願せよ!」

「レドラス許すまじ!」洞門前の砂地に集まった人々の叫びは地鳴りのようだったが、野太い声がその響きを突き抜けた。

「遠征隊? おかしいではないか。今聞いた村の名前ならば敵はノールド領内深く攻め入ったはず」
 大熊のようにボルドフが立ち上がった。
「領内の迎撃なのになぜ遠征隊なんだ。何か隠しているな!」

 あたりの空気が変わった。怒鳴り返そうとした小隊長は自分が猜疑の視線の只中にいることに気づいた。

「じゃあ、おれたちの村が焼かれたのも嘘か?」
「嘘なんだろう!」「嘘だといって!」
「ま、待ってくれ! 嘘じゃない、嘘じゃないんだ!」
 殺気だった人々に詰め寄られた小隊長は悲鳴をあげた。

「レドラス軍が南部平野一帯を焼き払ったのは本当なんだ。だが我が軍が迎撃に向かったときには、なぜかレドラス軍はもう壊走していたんだ」
「どういうことだ? なにかわからないのか!」
 ボルドフの巨体に威圧された小隊長は後じさった。

「……捕虜を何人か捕まえたんだが信じられないことばかりいうんだ。魔物の大軍に蹴散らされたとか、王が吸血鬼に吸い殺されたとか……」
「吸血鬼だって?」
 人垣から跳び出した赤毛の若者が小隊長に掴みかかった。勢い余った自分の手が相手の首筋を絞め上げているのにも気づかず、彼は小隊長をゆさぶった。
「本当なのか? どうなんだっ!」

「やめろ、アラード! 手を放せ」
 ボルドフがアラードを引き離したおかげで小隊長はやっと声が出せるようになった。

「……捕虜にした将軍がそういったんだ。小娘の姿をした吸血鬼が王を襲ったと、大剣で串刺しにされても全くひるまずたちまち王を吸い尽くしたと。
 でも、本当かどうかもわからないんだ。王の死骸らしきものは見つからなかった。逃げた王をかばうために嘘をいっているだけかもしれないんだ」

「魔物がいた痕跡は?」
 蒼白になり立ち尽くすアラードを押しのけボルドフが低い声でたずねた。
 小隊長ははっきりとうろたえた。
「あったんだな! ならばなぜレドラス軍の壊走を隠した!」
「理由なんか知らない、ただいうなと命令されただけなんだ」

「王宮の意志か……」苦々しげにボルドフがつぶやいた。
「レドラス軍が統制を失い壊走したのを好機と見て遠征隊を組織しようという気だな。村を焼かれた者の憎しみをあおって」
 ボルドフは仲間たちに向き直った。

「レドラス軍の狼藉は事実だ。それは疑いない。だが遠征隊には参加するな。それでは今度は我らがレドラスの民を殺めることになるぞ!」
「でも、レドラスは断じて許せない!」
 一人が叫ぶと、砂地はたちまち怒号のるつぼと化した。

「冷静になれ! 我らは人々を守るために魔物たちと戦ってきたではないか。おまえたちはその誇りも忘れて人間に刃を向けるつもりか!」
「やつらは人間なんかじゃないっ」「あいつら悪魔だ!」

 同調する者、反論する者の怒声や悲泣が入り乱れたが、裏切られたという思いに加え故郷の無残な最後を知らされた者たちの憎悪はもはや誰にもとどめようがなかった。
 結局、午後になるとノールド出身の者の大多数が小隊とともに王城リガンに向けてアルデガンを出ていった。


「あの金ぴかの化物の説教が正しかったというのか!」
 悔しさを隠せずボルドフは吐き捨てた。
「これでは西部地域の愚行の二の舞だというのに……」

「隊長はこれからどうなさるおつもりですか?」
 背後からアラードの声がたずねた。
「アルデガンを出た魔物を追うつもりだ」
 ボルドフは即座に答えた。

「南下して国境を越えたというがそんなことはかまわん。どこの民であれ魔物の餌食になる者を1人でも多く救いたい。今までと同じことを続けるだけだ」
「それより俺はもう隊長ではないぞ、アラード」
 苦笑しながら振り返ったボルドフの表情が引きしめられた。

「私もいっしょに連れていってください!」
「……かまわんが、なにをそんなに思いつめている?」
 アラードはボルドフに魔物たちと去ったリアとの誓いのことを打ちあけた。


「……それで魔物たちを追うつもりか。だが解呪の技はどうするんだ? 俺だってどうしようもないぞ」
「それは、あの方にお願いするしかありません」



「前にいっただろう? 私自身が解呪の技を発動できずにいるのだと」
 グロスはアラードをまじまじと見つめた。

 ラーダ寺院の地下にある霊廟だった。グロスはこの3日間ここに篭り続けゴルツやアザリアをはじめとする犠牲者たちに祈りを捧げていた。やつれた印象だった。疲れもあるのだろうがどこかうつろで覇気が感じられなかった。

「術式を身につけておられる方はもうあなたしかいないんです。あなたにお願いするしかないんです!」
 アラードの必死の頼みにも、グロスはため息をついてかぶりを振るばかりだった。
「発動できない私が教えたところでそなたも発動できるようにはなれまい。それでは意味もなかろう?」

「ならば、これからどうするつもりだ?」
 ボルドフが問うた。
「同い年のよしみでいうが、墓守になるのは早すぎるぞ」

 グロスは答えなかった。ボルドフはため息をついた。
「閣下にお仕えしながらなにもできなかった、どうせそんなことでも考えていたのじゃないのか? グロスよ」

「なぜ……、なぜわかるんだ……?」
「その顔をみてわからん奴がいるか」

「……この3日間、ずっと考えてきたんだ。これほど長くお側に仕えながら、私になにができたのかと。なにもなせなかったではないかと……」
 グロスは床を見つめながらつぶやいた。
「なぜ私はかくも無力なのかと……」

「なあ、俺は思うんだが、そもそもゴルツ閣下にお仕えしようというのが間違いだったんじゃないか?」
 ボルドフはグロスをまっすぐ見つめながら言葉を続けた。
「ゴルツ閣下に途方もない負い目を負ってしまったおまえにそれ以外の道がなかったのはわかる。だが、閣下はアルデガン最高の術者だった。おまえに限らず誰だってかなう存在ではなかった。だから閣下を助ける機会そのものがなかった。身の周りの世話や雑務をこなすのがせいぜいだった」

 グロスは黙ってボルドフを見上げていた。

「俺が見た限り、おまえは閣下を実によく補佐した。現に閣下は助かっていたと思う。しかし大きすぎる負い目を負ってしまったおまえ自身はそれでは満たされなかった。それが己の無力として感じられ身を苛んだ、違うか?」

 ボルドフはグロスの肩に手を置いた。

「おまえが無力なんじゃない。助けを必要としていない者に仕えてしまっただけなんだ。そしていまここにおまえの助けを必要としている者たちがいる」

 ボルドフはグロスの体をアラードのほうに向かせた。

「いまアラードがいっただろう。もうこいつ1人の話じゃないんだ。リアは解呪されない限り滅びることができない。心ならずも人々を牙にかけ続けるしかない。おまえが諦めたならこの運命は変えられないものとして定まってしまう。アラードも、リアも、多くの者がおまえの助けを必要としている」

「定まってしまう? 諦めたら?」
 グロスがはっとしたように繰り返した。

「アラードは未熟で思慮が浅い。それがこんな事態を招いた。
 しかし本気で自分の過ちをつぐなおうとしている。この覚悟に免じて助けてやってくれないか」
「お願いします! どうか……っ」
 アラードはグロスに額づいた。

「顔をあげてくれ、アラード。額づかれる資格など私にはない。そもそもラルダを見捨てて逃げたのは私なのだから」
 グロスはアラードの前に身をかがめ、その手を取った。

「閣下もそなたも仕方がなかったといってくれた。あんな吸血鬼が相手ではと。たしかにそうだったのかもしれない。
 でも、なぜか諦めきれなかった。あの時逃げなければなにかが違ったのではないかとずっとずっと思っていたんだ」

 うつろだった目に熱がこもっていた。

「あの時私が逃げたばかりにラルダの運命は定まってしまった。それがリアの運命を狂わせた。リアが誰かを牙にかけるならば、その者の運命もだ」
「ここで諦めたなら過ちを繰り返すことになってしまう。これは私のつぐないでもあるんだ! こちらから頼む。私をいっしょに連れていってくれ!」

「ありがとうございます……」
 アラードはただ繰り返すばかりだった。


「閣下のことはアザリアに頼んでおこう、それなら心配ない」
 ボルドフは祭壇に安置された棺に向き直った。
「なにしろアルデガン最高の守り手だったんだ。最後までな」

 巨躯の戦士が祈りを捧げた。残る2人も彼に倣った。



 翌朝、3人はアルデガンの城門を出た。

 仰ぎ見た城壁は20年前の嵐の夜に出奔した若者が見たものと同じだったが、それは崩壊した岩山の土石があふれ出たときに崩れ、業火に焼かれた跡をあちこちにとどめていた。その姿に彼らはそれぞれがこの地で過ごした日々を一瞬重ね合わせ、心の中で別れを告げた。

 城壁に背を向けたとたんに強風が真正面から吹きつけた。灰が混じった土埃が荒れ狂うように舞い上がった。
 思わず振り仰ぐと暗雲が風に乗って渦を巻きながら押し寄せていた。崩れた城壁に襲いかかる黒い軍勢さながらだった。轟く風音までが軍靴の響きに聞こえた。

 だが黒一色と見えた空のうちはるか南にただ一ヶ所、わずかに雲が切れていた。渦巻く黒雲からのぞいた青い空は峻烈なまでにまぶしく見えた。

 それはなぜか、ひどく心ゆさぶる光景だった。

 3人は高く顔をあげ、激しい光を宿した青空の欠片をまっすぐ見つめながら長い旅路への第一歩を踏み出した。



                       終

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