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2026年09月18日00:38

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ドキュメンタリー番組なのに、なぜ有名人を使って“旅させる”必要があるのだろう? 日本映画専門チャンネル「樹木希林ドキュメンタリーの旅『いくさのかけら』」を見て思う。

2026年8月26日の日記に書いた「樹木希林ドキュメンタリーの旅」同様に、女優の樹木希林が歌人の岡野弘彦を尋ね、長野県の私設の美術館・無言館を訪れます(写真2)。そしてその98分の真ん中に、東海テレビが2005年に制作したドキュメンタリー『いくさのかけら』46分を全編放送するという構成でした。

前回の「村と戦争/戦後五十周年ドキュメンタリー」のときは、樹木希林が靖国神社を訪れ、僕の知らない靖国神社というものを紹介してくれたのですが、今回上田市から電車に乗り旅をする樹木希林が、“整理券が取れない”などと慌てふためくシーンを見るにつけ、こんな形での“有名人の参加”は止めてほしいなと思いました。

つまり樹木希林という女優さんが、整理券が必要な電車旅に無知であろうが詳しかろうが、このドキュメンタリーに何の意味ももたらさないからです。僕には“時間の無駄”でしかなかった。さらに長野県の私設の美術館・無言館を訪れるなんて、「泡沫(うたかた)の夢 〜戦没画学生・よみがえる青春の影〜」(テレビ熊本、2022)を見直すほうがいい。

もしかして東海テレビの『いくさのかけら』だけでは不足だったのか? その不足分を補うために無言館を挟んだのか? それでは、無言館に対して失礼ではないでしょうか。たとえテレビ熊本が、樹木希林の訪問から発想したのであっても、僕にはテレビ熊本の本腰の入れようの方が、とてつもなく大きいのでした。

それは決して、「いくさのかけら」というテレビ東海のドキュメンタリーが4話に分かれているからではなく、“かけら”という位置にしか据えることが出来なかったこのドキュメンタリー制作の全容が、やはりスタートから間違っていたのだと僕には思えます。4話それぞれの持ち味を、単に羅列するだけではもったいなすぎる。

そして折口信夫(写真3右)という先達に惹かれた歌人岡野弘彦氏との対話も、樹木希林が再度の訪問だと語っているせいか、なんか予定調和で埋められてしまっている気がしました。そんな“まず構成ありき”というドキュメンタリーに、いかほどのインパクトがあろうか。僕は今回の“旅”の発想を、とても残念に思いました。

例によってそれは、世界一わがままな観客である僕個人の、他の方々には全く意味のない問題かもしれません。しかし、無言館に集められた無名画学生たちの作品が、“見られることで良くなっていく”事実を、忘れてしまっているのではないか? つまり“いくさのかけら”に執着する余り、知られざる絵画の力を受け止めきれなかった気がします。

そうは言っても、やはりドキュメンタリーにはドキュメンタリーなりの“意味”もあれば、“感動”もあります。僕の戯言なんか気にせず、その向こうにある作品の力を、しっかりと読み取ってやってください。
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