日本映画専門チャンネルで見ました。2003年12月6日の公開で、その年のキネマ旬報邦画ベストワンに輝いています。当時の僕は日本映画を見限っていたので、今回が初見。しかし冒頭の、アカボシウスバシロチョウが海を飛ぶシーンは、安西冬衛の一行詩“春”を思い起こさせます。次行に引用しますね。
>てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った
韃靼(ダッタン)海峡は間宮海峡ともいい、サハリンとロシアの間にある海峡です。“蝶々”と言わずに“てふてふ”とあるのがいいし、“一匹”、“韃靼”、“渡って行った”と促音が4つつも使われているのが面白い。とにかく韃靼のエキゾチックな感覚が際立っています。
この映画は、その導入部は成功しているのですが、1945年8月の宮崎県のある村が舞台なのでした。当然、広島・長崎の原爆投下が描かれ、15日の玉音放送へとつながるのが見えます。だから、そこからのドラマ展開に力がないと、凡作に終わってしまうのです。
ところがこの映画に登場した自転車が、なんとバンドブレーキを付けている。調べたら大正時代に発明されているのですから、1945年にあっても不思議はないようですが、僕の記憶では中学生時代(1960年)まで見たことがないのでした。ゴムをリムに押し付けて止めるリム・ブレーキしか知らない。
そして戦時中は、まだまだ自転車は高嶺の花だったと聞いていたもので、野原に乗り捨ててあった康夫の自転車を、康夫の実家のお手伝いさんが乗って帰るというのはいかがなものかと感じました。彼女はちゃんと乗れず、後半では川に突っ込んでしまいますしね。その自転車のスポークがキラキラと新品のように光るのも、僕には“?”です。
さらに僕は以前から、重そうな荷物を軽々と持ってしまうグーフが大嫌いです。里帰りしてくる美也子(牧瀬里穂)が、改札を出るとき軽々と荷物を運ぶ。彼女のモダンな顔立ちがとても1945年に思えないし、それがカバンの軽さで倍増以上されてしまいました。やはり「ディープエンド・オブ・オーシャン」(1999)ぐらいに荷物の重さを描いてほしい。
ラスト近くで実が母とともに荷物を持って村を去っていくシーンも、同じく軽々と小道具の行李などを抱えて歩くので、僕にはシラケ鳥が飛んでいくだけでした。1945年という、日本の方向性が転換した時代を描くのですから、ドラマの重厚さに気をつけてほしい。ま、21世紀に作っているんだから、もっと若い人にすり寄ったのかもね。
そういう意味では、個々人の終戦の心象がそこそこ併記されます。それが受けてベストワンというあたり、いかにも映画の価値が内容から観客動員数へと転じていった今世紀の“退廃”を象徴しているようで、当時から日本映画を見捨てていた僕が“正解”だったのだと自信を深めました。この年の外国映画ベストワンが「戦場のピアニスト」か。同質だわ。
2003年の僕のベストワンは、当然「キル・ビル」ですね。あのタランティーノの“ぶった斬り”に優る映画はなかったはず。そんなことをほざいていたら、“それはあんたがインテリだからだ!”という怒声が聞こえてきそうです。その怒声の言う“インテリ”は“頭でっかちの跳ね上がり学生”という意味ですけどね。でも僕には、国民的監督は不要ですから。
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