たまたま契約していないCS局が無料放送していたので見ました。「スティーブ・マックイーン」と「オードリー・ヘプバーン」の2作品です。それぞれ43分程度の内容。←CM入りで1時間番組というところですが、CMが無くて気持ちいい。しかしながら、僕にとって同時代を生きた大スターたちの逸話が、ここまで誤解されると残念すぎるのです。
たとえばスティーブ・マックイーンについてですが、「華麗なる賭け」でフェイ・ダナウェイと共演したことについて“大女優との共演”というのはいかがなものか。ダナウェイは「俺たちに明日はない」でスターとなった程度で、マックイーンのほうが格が圧倒的に上です。さらに僕としては“糟糠の妻”ニール・アダムスへの言及がないのが不満。
これについては日本語翻訳が問題なのではなく、解説している“知識人”たちの至らなさだと思える部分も多々あります。つまり、同時代の知識がない“知識人”が歴史を語るとそういうことは起こる。しかし「オードリー・ヘプバーン」については、とんでもない誤訳がそのまま出ていました。
それは「ローマの休日」でグレゴリー・ペックが、“オードリー・ヘプバーンの出演料を自分と同じにしろ”と製作者に言ったという部分です。何を無茶苦茶な。スターとしてのギャラを同じしろと主張する人間がどこにいる? よく聞くと“ビリングを同じに”と言ってるではありませんか。この字幕制作者はビリングという言葉を知らなかったのですな。
少しネットを調べれば、“ビリング(Billing)は、映画やドラマのクレジット(タイトルやエンドロール)における出演者やスタッフの名前の表示順序、大きさ、配置を指す業界用語である”と出てくるのに、それを“出演料”だと早合点してしまうとは何ごとだ。またそんな字幕を放送する番組で通してしまう局も局だ。
つまり「ローマの休日」でグレゴリー・ペックは、自分の名前だけが題名より前にクレジットされるのではなく、ヘプバーンの名前も題名より先に出せと進言したわけです。どこの映画界に、共演女優のギャラを自分と同じにしろという俳優がいますか? 非常識も甚だしい。
こうなるとその直後にペックが、“ヘプバーンはこの映画でアカデミー賞を取ると予言した”という部分にも“?”が付きますね。もっと基本的な映画知識のある人に、字幕監修を依頼しなさい。CS局はコピーワンスだから、無料放送でもあんまり多数の目に触れないでしょうけど、少しは恥をしれ、と思いました。
かくいう僕も、かつて「スティーブ・マックイーン」のドキュメンタリーの字幕を担当したとき、マックイーンが“デイリーを見せろと要求した”という部分が理解できず、間違えた“前科”があります。そのときはクライアントが、“こちらがOKを出した仕事だから訂正費用は出す”と言ってくれました。
しかし現在は、字幕制作学校などがあちこちにあり(もう今はないか?)多少の心得のある若手翻訳者に、安価で依頼することが多いように思います。実はドキュメンタリーというものは、劇映画よりも字幕制作が難しいのに、そういう素材に関して若手(=安価)に発注することが多いのです。そして責任だけは翻訳者に押し付けられる。
さらに、オードリー・ヘプバーンのお母さんが“男爵夫人だった”という字幕も、両親がともに再婚だったという部分無しで唐突に字幕にされると驚いちゃう。もちっと字幕の常識を実行してくださいよ。かつての自動字幕制作そのままという、日本語になっていない字幕よりはマシとはいえ、同業者として僕は恥ずかしいのでした。
もっとも写真3のような初期の日本公開用ポスターを、グレゴリー・ペックが見たら怒るかもね。「太陽の帝王」公開時に日本に来たユル・ブリンナーが、“格下のジョージ・チャキリスと同じビリングとは何事だ”と起こった事実なんか、もう誰も知らないのかも。お願いしますよ。
ログインしてコメントを確認・投稿する