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2024年03月24日14:25

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山風銀行物語 第一部 第六話 朝日支店の女性の熱い視線

武田は恐れ恐れ1階の営業フロアーに降りてみると「武田君、お昼休み時間に呼び出して悪いねえ。先ほど、店頭で大口出金があり、支店の手持ち資金が少なくなってきたから、急ぎ、武藤さんと一緒に朝日支店に車に乗って現金1000万円をもらってくれない」と小西副長が申し訳なさそうに言った。
「小西副長、承知しました。でもなぜ二人で行かないといけないのですか?」
「武田君。いい質問だねえ。その理由はね、山風銀行の規則では300万円以上の現金を銀行の外で持ち運ぶ場合は、二人以上で現金を運ばなければならないのよ。現金を運んでいる途中、強盗に襲われた場合に対処するためだよ。もし一人で現金1000万円を持って、強盗に襲われたら君はなすすべもなく、強盗に現金1000万円を盗み取られるだろうね。しかし、もし二人だったら、一人が強盗に襲われている間に、もう一人は強盗の特徴を記憶したり、警察に通報したり、銀行に連絡することができるからだよ。さあ、早く行ってきてちょうだい。武藤さんが車に乗って待ってるからね」
武田が桑名支店の外に出ると、表で武藤が白いアオイ社のクローラの車に乗り、車を停めて待っていた。
「武藤さん。よろしくお願いします。」
「武田君、さあ行こか。朝日支店まではな、車で15分ぐらいのところですわ。よろしく頼むわ」
「ところで、武藤さんは、いつもどのようなお仕事をされているのですか?」
「わしはな、庶務職でな、主に支店長の運転手、お客様案内係、支店内の掃除、事務用品の管理、社外への郵便物の発送・受取などの雑用が主ですわ。大半は支店長の運転手としてこき使われることが多いですわ。あの松平支店長はな、人使いが荒いからたまったもんではありませんわ」と最後には支店長の愚痴であった。
「武藤さんは山風銀行では何年勤務されているのですか?」
「わしはな、山風銀行へ55歳に入行してな、この桑名支店の専属として採用されてな、勤務して3年になりますわ」
「えっ、55歳で山風銀行に入行されたのですか?山風銀行は庶務職の中途採用をしているのですか?」と武田は驚いた表情で武藤に訊ねた。
「山風銀行ではな、時たま50〜60歳の条件でな、中途採用の募集を行っているんですわ」
「それまでは何をしていたのですか?」
「わしはな、55歳まで日鉄(日本国営鉄道)の東海支局の財務部にな、勤務してたんですわ。武田君の知っている通りな、日鉄は昭和六十二年(1987年)にな、分割民営化したんですわ。分割民営化することによりな、約10万人の余剰人員が発生してな、日鉄は希望退職者にはな、約1.5倍の割増退職金を支払うことを条件にな、早期退職者を募集したんすわ」
「それで武藤さんは自らの意志で割増退職金をもらうことをメリットとして、希望退職されたのですか?」
「違うんですわ。わしはな、希望退職するつもりは全くなかったんですわ。しかしな、わしはな、労働組合の幹部としてな、賃上げ交渉のたびにな、日鉄のストライキを指示してな、よく列車を止めてたんですわ。経営陣はな、労働組合の幹部をいいふうには思わずにな、排除したい考えがあってな、わしはな、早期退職者リストにリストアップされたんですわ。いわばリストラされたみたいなもんですわ」
「労働組合の幹部だったという理由で武藤さんをリストラするなんて、国のやることにはまったく理解できません」と武田は強く憤った。
「わしもな、おのれのやったことに過ちはあったとはな、ちっとも思っていませんわ。しかしな、割増退職金をもらったからといってな、わしはな、東京方面の大学にいる長男、大阪方面の大学にいる次男のな、二人の学費、生活費をな、割り増し退職金でなんとかまかなえるがな、わしと妻はな、それで一文無しになるんですわ。その後、わしと妻の生活資金を稼ぐために再就職活動をしたがな、なかなか再就職先が見つからずにな、かなり苦労したんですわ。そこにたままた山風銀行で庶務職の採用募集があってな、藁をも掴む思いでな、山風銀行の庶務職に応募してな、幸いにも採用してもらったんですわ。庶務職は一般行員と違いな、給与が半分ぐらいでな、年収で400万円ぐらいですわ。でもな、これだけあればな、わしと妻のな、生活資金、老後の蓄えとしては十分ですわ」
そう話しているうちに二人は山風銀行朝日支店に到着した。朝日支店は大鉄伊勢朝日駅前にあり、すぐそばには三芝工場の大工場がそびえ立っていた。

朝日支店は桑名支店と比べると小柄な店舗で職員は十人ぐらいであった。武田は武藤のあとについて朝日支店の中に入った。
「まいど!桑名支店の武藤ですわ。現金もらいに来ましたわ」
「武藤さん。お疲れ様。1週間ぶりですね」と朝日支店の亀田副長が挨拶した。亀田副長は身長が160センチメートルぐらいで、丸顔で丸ぶちのメガネをかけていた。
 そして、亀田副長の横には20歳ぐらいの女子行員が付き添っていた。その女子行員は、亀田副長より背が高く、身長は165センチメートルぐらいあり、雰囲気としては派手な感じで、髪型はミディアムで化粧は少し濃く、つり目ですこしきつそうな顔つきをしていた。
「朝日支店へようこそ。私は和泉といいます。私はあなたと同期ですよ。今年短大を卒業して、朝日支店に配属となりました。よろしくね」と笑顔で挨拶してきた。
武田は和泉という女性はあまり好みのタイプではなかったが、社交辞令として「武田と言います。今年入行しました。よろしくお願いします。」とさりげなく挨拶した。
「武田さんと言うの。いい名前ね」
「なぜ、私が今年入行だと分かったのですか?」
「四月二日の四日市本店での入行式で武田さんを見かけて、とても印象深かったから、顔は覚えていましたよ」と和泉はいかにも武田に興味がありそうな感じで話しかけてきた。武田には東和銀行の麻賀のことしか頭になく、それ以上は和泉とは話をしなかった。
「武藤さん。はい、現金1000万円、ご確認お願いします」と100万円札の札束が10束本封されていた。本封された1000万円は高さにして約20センチメートルぐらいであった。武田は現金1000万円を見るのは生まれて初めてで、とても度肝を抜かれた心境であった。
その後、武藤は本封されたところに役職の証印があることを確認し、何も札を数えようとはせず、シャチハタで受取証に確認印を押印し、アルミ製のトランクに現金1000万円を収納し、トランクに鍵をかけた。
「あの武藤さん、現金が1000万円あるかどうか封をほどいて、1万円札を一枚一枚数えなくていいんですか?」
「武田君。分かっておらんのやな。1000万円を一枚一枚確認していたらな、日が暮れてしまうわ。100万円の札束にはな、100万円を確認したという役職の証印があり、1000万円の本封にもな、100万円が10束あるということ確認した役職の証印があるんですわ。銀行員はな、その役職の証印を信用するんですわ」
「なるほど、そういうことだったんですね。勉強になりました」と武田は納得した。
「おおきにですわ」と武藤が挨拶して、武田は武藤とともに朝日支店を出るが、なぜか、和泉の熱い視線を感じたのだった。

武藤と武田が朝日支店を出発したあと、亀田副長は桑名支店の小西副長に二人のクローラが出発した旨の連絡をした。
「あの武田という人、だれかに感じ似ていませんか?」と和泉は亀田副長に訊ねる。
「うーん。分からないね。だれに感じが似ているんだ?」
「プロ野球の大鉄ファルコンズのピッチャー能登秀雄選手に感じがそっくりじゃない。副長、大鉄のフアンでしょ」
「今年入団したドラフト一位指名の新人投手やな。そういえば、能登にそっくりだな。和泉さん、チェックが早いなあ」と亀田副長はニヤニヤ笑っていた。
「今度、武田さんが来たら能登さんとどういう関係なのか聞いてみるわ」
武田は大学時代には、お笑い芸人のアンデルスの赤橋昭孝の相棒 梨木武則に似ていると言われたことがあるが、まだ、大鉄ファルコンズの能登英雄投手に似ているとは誰にも言われたことがなかった。

その後、武藤、武田とともに桑名支店に帰店し、小西副長に帰店の挨拶をし、営業課のフロアーに戻った。
武田が、先ほどの現金輸送の業務について備忘録に纏めていたとき、融資課から30歳過ぎの身長170センチメートルぐらいで黒ぶちメガネをかけた賢そうな顔つきをした山南が融資関係の伝票処理で営業課の松本のもとに行き、
「松本さん。この伝票の処理お願いね」と山口が言うと
「はいわかりました。すぐに処理しますわ。いとしの山南さん」とニコリと笑い、武田との対応とはまったく違い、まさに松本が山南を気にいっているような感じを受けた。
山南はこの四月から大阪支店から転勤になり、融資業務を覚えるために三ヶ月間限定で桑名支店にトレーニーとして配属となったのであった。そして、武田は松本が既婚の男性に興味を示すとはなんと大胆な女性なのかと内心思っていた。しかし、武田は、山南は既婚の身と思っていたが、実は山南はまだ独身だった。

                                つづく

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