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2020年12月18日21:42

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神の坐す山

さて、前回書いたように、旅の目的のひとつは、大神(おおみわ)神社へ行ってみること、だった。
古代奈良の中心地にあって、ヤマトの新しい支配者となったアマテラスの子孫たちが祀らざるを得なかった古い神、大物主の鎮まるところ。

ご存じの方には自明のことだが、大神神社には拝殿(拝む場所)があるきりで、本殿に当たるものはない。
人々は、拝殿から、独特の形をした鳥居の向こうにそびえたつ三輪山に向かって手を合わせることになっている。
三輪山そのものが、ご神体なのだ。
これは日本の古い信仰のよくある型かもしれない。
熊野の那智の滝なども、鳥居から滝を拝むかたちをとっているし。


三輪山が神聖な山となったいきさつについて、日本書紀にはこんな風に書かれている。
かわいらしくてフォトジェニックで神秘的で、私のすごく好きなエピソードだ。

大己貴(オオナムチ、ほぼイコール大国主命(オオクニヌシノミコト))は、少彦名(スクナヒコナ)という、コロボックルのような、あるいは一寸法師のような小さな神とともに葦原中国(あしはらのなかつくに=日本)を造った。
しかし、この国造りの途中で、スクナヒコナは突然、粟の茎に昇ってぴょんと弾かれ、常世の国へ帰ってしまった。

国造りのパートナーを失って、これからこの国をどうやって治めればよいか、しょんぼりと途方に暮れているオオナムチの前に、海の向こうから丸く光るものが漂ってきて、自分はそなたの幸魂(サキミタマ)・奇魂(クシミタマ)であると云う。
あなたをどのようにすればよろしいか?と問うオオナムチに、光る魂は、
「吾欲住於日本国之三諸山。」(吾は日本国の三諸山に住まむと欲ふ)
と答えた。

同じ話が古事記にも書かれていて、
「吾者伊都岐奉于倭之青垣東山上 此者坐御諸山上�談蕁廖文磴鬚佻舛寮蝶世療譴了海両紊飽謀坿堯覆い弔�)奉れ。此は御諸山の上に坐す神なり。)
と答えたとある。

三諸山/御諸山というのは、三輪山の古い名前だ。
こうして、以来大物主の神は、三輪山に祀られている。
ちなみに、スクナヒコナの神を祀る社もちゃんとある。
三輪山が神聖な山とされたにあたってのエピソードには、ほかにも有名なものがあるが、とりあえず置いておこう。


さてさて、大神神社について調べていたら、なんとそのご神体の三輪山に、一般の参拝客も登ることができることがわかった。
ならば、行かぬ手はない。

大神神社の境内にある狭井(さい)神社で申し込み、お祓いを受けた人だけが登拝できるらしい。
入山から下山までの時間は決められており、社務所で連絡先を書き残し、荷物の類は預け、番号の振られた白い襷をかける。
登拝中は会話を慎み、水分補給以外の飲食と写真撮影やスケッチは禁止、山にあったものを持ち帰ってはならないし、何かを持ち込んでもならない。(お供えも持ち帰らなければならない。)

コロナ禍の中、神職のお祓いの代わりに、形代(かたしろ)となる紙の人形に名前を書いて、自分で両肩と頭をぬぐって祓いとし、山登り用の木の杖を拝借して、ペットボトル一本を持ち、朝10時前に登拝口の鳥居をくぐった。
いざ、神の坐(ましま)す山へ。


すれ違う登拝者と目礼だけ交わしながら、黙って登る。
三輪山は、神社や神道が整備されるよりずっと以前から、聖地であり、神域であった。
山中にあったのは、社、ではなく、磐座(いわくら)だ。
神が宿り、坐し、鎮まる処。
以前、京都の鞍馬で、650万年前に金星から魔王が降臨して坐した磐座、というのを見たことがある。
そこを歩いた時に、誰がいつ何をというのでなしに、付近一帯そのものが聖域とされていることに深く納得したものだったが、ここ三輪山も同様に、太古の昔から、人々に圧倒的な磁場を感じさせてきた山なのだろう。


三輪山登拝の最終目的地である、奥津磐座(おくついわくら)。
ようやく辿り着いて、正面の祭壇の前から乱れた息を整えながら型通りの参拝をした次に、横からあらためてそこを見た瞬間の、衝撃のようなものは、一生忘れられないと思う。
書物で読んだり、想像をめぐらしてきた「古代」が、全くむきだしのまま、そこにあった。
「畏れ」という言葉が、瞬時に浮かんだ。



三輪山に登って下りるまでに2-3時間、と言われるが、たいていの人なら二時間以内に戻ってこられるだろう。
ただ、レジャー登山ではないので、快適な尾根歩きとか、一休みできるベンチとか、なだらかな斜面とか、そういうコースではない。
見晴らしは、全くない。
ひたすら登って、帰りは同じ道をただ下るだけ。
下山途中に膝が笑い始め、下りてきて荷物をピックアップしながら、しばらくは足がわなわなと震えるのに耐えていた。


下山後もほかの社寺を巡ったり、写真を撮ったり、のんびりと愉快に歩き続けたけれど、三輪山での経験は、格別なものだった。
あの瞬間の光景を今思い起こしただけで、胸が圧迫される心持ちがする。
こういう経験を、ふたたびすることが、この先果たしてあるだろうか。

もし三輪山に興味をお持ちであれば、ぜひお参りをお薦めする。
どんなふうに感じるかは、人それぞれだと思うけれど。




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