3時からのJリーグを大阪で観るため、相棒は金屋から桜井駅へ戻っていった。
ここからは、地図の苦手な私が単身で、苦手な自転車を漕ぎ続けていくつかの場所を巡ろうと思っている。
旅の計画を立てながら、奈良は大抵の施設が月曜休館ということがわかってきた。これは東京も同じだ。
今日は日曜日。
明日の行程がこの旅のメインイベントなのだが、博物館や資料館の類は今日中にやっつけておかなければならない。
すでに午後1時を回っているが、悠長に昼食をしたためるような旅ではないのだ。
明日のコースからは大きく外れた場所にある、桜井市立埋蔵文化財センターと黒塚古墳展示館を目指して、ともかくも北へ向かって自転車を漕ぐ。
右手には三輪山、左手遥か向こうには、奈良盆地の西壁である葛城と信貴の山々が南北に連なり、その中でも、雄岳と雌岳の寄り添う二上山がくっきりと見える。
三輪山のふもとを歩く旅の最中に、いつも遠くに見えていたのがこの二上山だった。
この辺りのランドマークである大神神社のばかでかい大鳥居を通り過ぎ(この鳥居は昭和の末にできたもの)、有名な箸墓(はしはか)古墳を目指す。
ここは国によって「孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命の墓」と決めつけられてしまっているため、発掘したり、ましてやよじ登ったりができず、環濠の手前から眺めるしかないのだが、それで充分満足できるくらいに巨大な古墳だ。
「倭迹迹日百襲姫」は、やまと・ととひ・ももそひめ、と読み、三輪山に祀られている大物主命の妻であるとか、崇神天皇の時代の強力な巫女であるといった伝承があるが、彼女こそが卑弥呼であるとし、よって箸墓古墳は卑弥呼の墓だと主張する人もいる。
出土品から、242年ごろに没したとされる卑弥呼よりもう数十年後の人物の墓所ではないかという説が、今のところ有力であるようだけれど。
箸墓古墳の近くの国道沿いにあるのが、この付近の発掘品を展示して市民に教え広めている埋蔵文化財センターだ。
考古学関係の報告書や資料をどれだけ眺めてもなかなかピンとこない私には、ここにある埴輪や剣、鏡などの発掘品の展示には、期待したほど感興はそそられなかったけれど、古墳や考古学に関心のある人には、ここはとても評判の高い場所だ。
一組の家族連れが、ああでもない、こうでもないと熱心に展示を観ていたら、手の空いた学芸員らしき人が出てきて、つきっきりで説明していた。
そういった熱意のある資料館だった。
(私も別の博物館で、過去に2度ほどそうした類の歓待を受けたことがある。)
さて、晩秋の日暮れは早いから、とっとと次を目指さなければならない。
次はさらに北、JR柳本駅の近くにある、黒塚古墳とその資料館だ。
国道沿いを走っていたら、急にJRの線路をまたぐためのヘビィな上り坂が目の前に現れた。
えーーーっ!あの道を登らなきゃならないの?
午前中からペダルをこぎ続けて、相当疲労がキテいる私にこの坂は無理です!
そう思って、祈る気持ちで道を逸れ、似たような方向に向かいそうな下の道をなおも進んで行くと、旧道らしき道に行きあたった。
ありがたや。よし、このまま進め!
民家と田んぼに挟まれた長閑な道を走っているうちに、黒塚古墳と、隣接している展示館に無事到着した。
黒塚古墳は、公園の中にボコっと盛り上がっているように見える遺跡で、階段で真上に登ることができ、公園で遊んでいる子供たちの鬼ごっこコースの一部としてばっちり機能している。
さっそく私も登ってみると、さして高くない場所だと思ったのに、西陽の中、奈良盆地の向こうの二上山がよく見えた。
とても気持ちのいい場所だ。
ここは小さいけれど典型的な前方後円墳で、発掘の結果、南北の軸に沿って後円部に奥行き10mくらいの石室があり、頭を北に向けて人物が埋葬されていたそうだ。
ここからなんと、33枚もの鏡が掘り出された。
埋葬者の頭付近にあった直径13.5cmの画紋帯神獣鏡が一枚と、のこりは22cmくらいの三角縁神獣鏡(これにも、三角縁盤龍鏡、三角縁獣帯四獣鏡などいくつも種類があるらしい)。
どれも絹の布でくるまれていたことがわかっている。
三角縁神獣鏡というのは、切ると鏡のぐるりの断面が三角形にとがっている形状の鏡で、もっぱら日本から出土しているらしく、日本オリジナルだ、逆に中国で作って日本にもたらされたのだ、いや中国製をお手本にして日本で見様見真似で作ったのだ、そうじゃなくて卑弥呼が魏の皇帝から下賜されたものだ、と議論がかまびすしい。
黒塚古墳から掘り出された鏡は、隣接する展示館にズラリと並べられていて、誰でも無料で観ることができる。
鏡もすごいのだろうけれど、しかしここは何といっても、発掘された石室の復元が圧巻だ。
展示室の一階に、石室と副葬品の配列がまるまる再現されている。
埋葬されていた人物はもちろんあきらかでないが、二振りの剣を持ち、どうやら甲冑も身に着けていたらしい。
朽ちてしまっているが桑の木の棺に収められ、鏡はすべて鏡面を内に、装飾面を外に向けて置かれていた。
床が赤いのは水銀朱の色で、その部分に亡骸が位置されていたのだという。
受付にいたおじちゃんの話では、この復元が完成した際に、担当学芸員が長い時間、感に堪えぬようにこれをじっと見つめていたそうだ。
彼はどんな気持ちだったのだろう。
研究者冥利に尽きることだったろうな。
日本全国に古墳多しと言えども、発掘できた古墳は多くない。
こうして副葬品までばっちり見られて、古墳の上にも登れるこの黒塚古墳はものすごくお薦め。
JR柳本駅のすぐ近くにあるので、奈良に滞在した方は、電車でわずか20分、機会があればぜひ遊びに行くといいと思う。
(電車の本数がびっくりするほど少ないのと、休館日に注意してくださいね。)
さて、本日の単身自転車行は、ここが北限だ。
いざ、桜井に向けてもと来た道を戻るとしよう。
かつての同僚で、十年ほど前から奈良に住む友人からも、よしもっちゃん、今の季節は日暮れが早くてあの辺りは本当に真っ暗になるから、必ず日没までに街中に戻ること!とクギをさされているのだ。
もう道は解っているので、周囲の風景を眺めながら快調に自転車を飛ばす。
とはいっても、こういう時が一番危険でもあるので、慎重に、慎重にと自分に言い聞かせながら。
私は普段から独り言の多い質だが、相当に疲労が来ていたこともあり、帰りの道中は、マスクの中で独りでずっと喋っていた。
途中、箸墓古墳の横を通り、ある角度からは少しだけ中が覗き込めると聞いていたのだが、もはや寄り道している余裕はなく、ハイ、箸墓古墳、見ましたっ!ハイ次!と言って古墳に手を振って通過し、その先のJAの支店の敷地に「朝臣柿本人麻呂公屋敷跡」なんていう碑を発見して一応記念写真を撮り、大神神社の大鳥居にたどり着く。
この大鳥居にはあまり用はないが、このすぐ脇にある綱越(なこし)神社は、夏越しの大祓のための神社であると、あるブロガーさんが書いていた。
毎年六月と十二月の末に行われる大祓の祝詞(のりと)については、日本書紀を学ぶ際に講師から全文を教わってその内容に驚嘆していたこともあり、ここには是非とも立ち寄っておきたかったのだ。
小さな鳥居と簡素な拝殿、そして本殿と磐座(いわくら、近世に置かれたもの)があるきりの、まことにひっそりとしたお社だが、周囲を欅だろうか、木立が囲んでいて、ある種の結界のような気配を感じる。
お祭りの時以外は犬の散歩のほかに人が立ち入ることはなさそうだったが、ここであの祝詞が唱えられるのかと思うと、緊張して手を合わせたくなる。
(大祓の祝詞については、別の機会があれば書くかもしれない。)
さらに自転車で走り、もう桜井駅が近いなというところで、ふと「三輪山平等寺まで800m」という標識が目に入ってしまった。
相棒と分かれる前、すぐ近くまで行っていたのに、時間の都合で立ち寄らなかった寺だ。
なーんだ、800mならヨユウで行けるじゃないスか、そう独り言を呟きざまハンドルを切り、平等寺の方向にランラランララーンと走り出したところ・・・・、
道は次第に上り坂になってゆく。
おいおい、まだ上るんですかい、いったい平等寺はどこかなー?
くっ、ペダルが重いぞ、もっと先か?
坂の途中でとうとう自転車からまろび落ち、すれ違った上品な婦人にハァハァしながら「この先に、平等寺さんという、お寺があると、聞いたのですが、」と尋ねると、どうやらこの坂をひたすら登ればいいらしい。
あ”ーーーっ失敗した、こんなすごい坂だと知ってたら、ゼッタイ、ゼッタイ来なかったぞー!
よっぽど引き返そうかと思ったが、ここまで登って来て引き返すのは、いかにも悔しいではないか。
結局最後の200mほどは、クッソ、クッソと、これはさすがに声には出さずに喉の奥で罵りながら自転車を押して坂をよじ登った門前の小僧、ようやく平等寺にたどり着いたはいいが、息を整えるのが精いっぱいで、何を見たのかまったく憶えていない。
境内に、太って白っぽい猫が一匹いたのだが、写真を撮る事すらできなかった。
帰りは、こんなところまで自転車を押してきた阿呆を不思議そうに見ていたほかの観光客を、下り坂で後方から爽快に追い越し、もとの旧道に出ると、あー、もうあんな標識立てとくから知らずに行っちゃったじゃないかよー!などとマスクの下で喚きながら、もうどこへも寄り道をしないぞと決意も固く、桜井駅までの道を急いだ。
夕方の空には、白い月が出ていた。
明日は間違いなく満月だな。
駅前のレンタサイクル店に着くや、ただいま戻りましたー、あ〜くったびれた!とおじさんに自転車を返すと、一体どこまで行ったのかと聞かれたので、午前から初瀬谷を見て、その後黒塚古墳まで行ってきたというと、ヤレヤレこれだから東京のお客さんはという顔をされ、それがちょっと嬉しくて、さてお昼抜きでガス欠だから駅前で「卑弥呼だんご」でも買い喰いしようかと思ったらとっくに完売しており、次の電車が来るまで30分も待って、奈良駅前のホテルに戻った。
奈良に着くころには、外は真っ暗になっていた。
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