5世紀後半のヤマトの地を支配した男の名を、オオハツセワカタケルという。
父王が妃の連れ子に寝首を掻かれると、報復に二の足を踏む二人の兄を立て続けにその剣で殺めてから、自らの軍勢で継母の連れ子と家臣をもろともに滅ぼし、王位継承のライバルであった従兄弟を謀殺して、王位に就いた。
ヤマトの王となった彼は、さまざまな土地の血を引く女性を次々に娶り、少なくとも北部九州から関東地方にまで勢力を伸ばし、朝鮮に派兵し、中国(宋、南斉、梁)の歴史書にもその名が記されることになる。
この時代の常として、彼は歌をよく詠んだ。
かの万葉集の巻頭を飾るのも、彼の御製である。
――籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち
この岳に 菜摘ます兒 家聞かな 告らさね・・・
(素敵な籠を抱えて菜摘みに来たお嬢さん、
君の名前を聞かせておくれ・・・)
晩秋の奈良を、独り訪ねることにした。
あの一時代の主人公であるワカタケル大王が日々を送ったであろう土地がどういう処かを、この目で見て、感じてみたかったのだ。
オオハツセワカタケルの墓所は、いまだ明らかでない。
というよりも、彼の実在自体が科学的には証明されておらず、丹比高鷲原(たじひのたかわしのはら)に葬られたという記録があるけれど、それが現在のどの地に当たるのか、実際のところは解っていないらしい。
ただ、歴史家の間では、彼の実在はほぼ間違いないというところまで来ているそうだ。
古墳時代は、王が変わるたびに宮を別のところに新しく作っていた。
ワカタケルの営んだ泊瀬朝倉宮(はつせあさくらのみや)は、発掘調査の結果、奈良県桜井市にある初瀬川沿いの、脇本という場所が有力となっている。
最寄りの駅は、JRの桜井または大和朝倉。
ここがどういう土地かというと、大神(おおみわ)神社と三輪そうめんで有名な三輪山の南の裾を東西に走る谷で、西の奈良盆地と、東の宇陀、伊賀、さらには伊勢とを結ぶ交通の要衝となっている。
・・・なんていう表現は、地理に疎い私にはいっかなイメージがわかなかったのだが、Google Mapや国土地理院の5万分の一の地図をじっくり眺めるうちに、初瀬川=はつせがわ=はせがわ=長谷川=長い谷の川、という地名がぴったりだということがたちまち諒解できた。
地図をじっくり眺めていると、さらに発見があった。
初瀬の谷を挟んで南1キロにある斜面は「忍坂(おしさか)」、谷沿いに東に10キロも進めば「墨坂」があり、ここは神武天皇ことカムヤマトイワレビコが日向から熊野廻りで東征してきて、ヤマトに入ろうとした際の激戦地として、日本書紀に名前が出てくる処ではないか!
カムヤマトイワレビコが戦った相手は、アマテラスとは別系統で天から降臨してきた神(ニギハヤヒ)に仕えていた者や、古くからそこに勢力を張っていた古い血統の豪族(土蜘蛛)たちだった。
そしてさらにぞっとしたことには、脇本の隣の地名は、なんと「出雲」である。
三つの系統の神の末裔、そして古い地の民が、この谷を取り合い、あるいは棲み分けていたというわけか!
ワカタケルは、この油断ならない地に宮を構え、剣と智謀とまぐわいで、ヤマトと自身の道を切り開く大王となった。
漠然と、また奈良へ行こうかなと思い始めた時に最初に浮かんだのが、初瀬川のほとりを歩いてみること、だった。
オオハツセワカタケルの名の由来であり、また三輪山の巫女であったかもしれない赤猪子(アカイコ)を見初めて「後で迎えをよこすから誰とも結婚せずに待っておれ」と命じたまま、その時を待ちに待った彼女が齢八十となって参内して恨み言を言うまですっかり忘れていたという、そのエピソードの舞台となった地。
菜摘みの乙女と出会ったのも、この谷ではなかろうか。
それを北から見下ろすのが、三輪山である。
ならば、件の大神神社、そしてそのご神体である三輪山にも登拝してみたいと思うのは自然なことだった。
拠点はJR桜井駅。
ガイドブックによると、駅から1-2キロという地点に、ワカタケルの四代後の暴虐の王オハツセノワカサザキが、臣下と物部の姫を争って負けた歌垣の巷海柘榴市(つばいち)や、百済から仏教が伝わった際に使者が難波から川をさかのぼって上陸を果たし、のちに遣隋使小野妹子が裴世清を伴って帰国の地を踏んだ金屋(かなや)がある。
初瀬川沿いの、ワカタケルの宮殿を探して発掘した脇本遺跡は、8年前に発掘して報告書が出された後に完全に埋め戻されて畑になったり建物が建ったりしているので、もはや柱や堀の跡などはネット上の写真にしか残っていないが、これだけの情報があれば、さまざまに想像をめぐらすには充分なのだ。
ガイドブックや、アンテナショップで拾ってきたパンフレット、図書館の資料や地図などを見比べながらニマニマと独り旅の計画を立てていると、相棒が、その日は大阪で3時から横浜FCの試合があり、新幹線の激安日帰り切符が取れてしまったので午前中だけ同行したいと言い出した。
是非もない。
よかろう来たまえ、だが代わりに地図を読んでくれ、知ってのとおりあたしゃ地図と自転車が大の苦手なのだと言うと、いやこれは君の旅なのだから君自身が地図を読むべきだ、オイラは後ろを走って、致命的に道を間違えたり路肩に突っ込んだりしたら手を貸すであろう、などと言う。
持つべきものは、スパルタ式旅の友というわけだ。
とまれ、朝5時に起きて9時に京都に着き、私より40分早い新幹線で先乗りしていた相棒と合流して、10時半には桜井に到着した。
最高気温13度、曇りのち晴れ、無風。
これから三日間、この調子で好天が続くらしい。
完璧ではないか。
ワカタケルの谷
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こぐこぐ自転車
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準備は愉し
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