桜井駅前の観光案内所で別の地図をもらい、レンタサイクル2台を借りて、初瀬川を東の方向に向かう。
・・・と言うは易いが、東西南北の全くわからない私は、まずどっちの方向にペダルをこぎだせばよいかがさっそくわからない。
相棒に軽くヒントをもらい、とりあえずこっちでどうだ!と走り出したら、じきに川が見えた。
あっ、これ初瀬川じゃないか?
まずは大通りに沿って走るつもりが、川を発見してしまったのでフラフラと川沿いを走る。
相棒が後ろから何も言ってこないところを見ると、きっと大勢に影響はないのだろう。
やがて地図で見覚えのある地名も出てきて、ようやく走りが軌道に乗ってきた。
まず目指すは大和朝倉駅、そこをびゅんと通過してちょっと走れば、脇本の交差点があるはずだ。
・・・駅を通過したことに気がつかなかった。
けれど、慈恩寺、そして玉列神社らしき鳥居が左手に見え、どうやらいよいよ目指す脇本地区に差し掛かってきたことがわかる。
走りながら、すごくドキドキしてくる。
ここか。
今走っているこの界隈を、ワカタケルは馬を駆り、血糊のついた剣を振り回し、怒鳴り、叫び、歯を剥いて豪快に笑い、また祈りを捧げ、女に歌を贈ったのだ。
初瀬川に沿った谷は、地図にあるとおりに東に向かって長くのび、左手は大国主神(オオクニヌシノミコト)が遥か海上からやって来た幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)を鎮めた三輪山、そして前方からは、八咫の烏の道案内を受けたカムヤマトイワレビコの怒涛の軍勢が、ヤマトになだれ込んできたのだ。
千数百年ののち、かつて彼らが踏みしめたのと同じ場所に、自分はいる。
最初に自転車を止めたのは、朝倉小学校だ。
泊瀬朝倉宮の発掘調査は、この小学校から西は春日神社、南は国道165号線方向に向けて実施された。
朝倉小学校の校庭のすぐ外に、万葉集の柿本人麻呂の歌碑がある。
――こもりくの初瀬の山の山のまに いざよふ雲は妹にかもあらむ
そこからいざ西へ戻ろうとすると、地図を見ていた相棒が、もうちょっと先へ行ってみようよと言う。
何かあるの?
相棒に促されるまま進むと、そこには初瀬白山神社があり、ガイドブックに必ず写真の出てくる「萬葉集發燿讃仰碑」が立っていた。
ああ、これね。
ポイントを示すという意味での石碑に思い入れのない私は、フフンと言ったあとでその隣に目をやると・・・
万葉集巻頭の飾るオオハツセワカタケルの「籠もよ み籠持ち」の歌碑もあるではないか!
慌てて神社の参道を入り口まで戻って鳥居をくぐり直すと、「HATSUSE ASAKURA PALACE」として、泊瀬朝倉宮伝承地である旨の案内板が据えられていた。
もうここが伝承地として認知されていたのか!
いや〜、ここに寄らずに戻ってしまうところだったよ。
あれだけ思い入れ満載で来ていたはずなのに、肝心なポイントを無視しようとしている私を、相棒は信じられないという表情で見ている。
ウム、ご苦労、ご苦労。
吾輩は、こういう場合のために君を伴ったのだ、うん。
気を取り直してもと来た道を戻り、朝倉小学校を過ぎて、春日神社へ行く。
小学校からこの辺りまでが、泊瀬朝倉宮のあったと想定されるエリアだ。
小さいけれど朱塗りの美しい社、拝殿の奥の斜面に据えられた本殿を、下から伸び上がってよく見ると、鹿と猪?の木彫りの像が置かれていた。
(黒い斜めの格子の向こうです。わかるかな?)
春日だから鹿は間違いないけれど、どうして猪がいるのだろう??
裏山では、南天が盛大に実をつけている。
その斜面を、何故か一匹の三毛猫がカサコソと登って行った。
初瀬川を見下ろす三輪山の斜面沿いに、大神神社の摂社である玉列(たまつら)神社、その神宮寺である慈恩寺といった社寺がつづく。
(玉列神社から見下ろす初瀬谷)(慈恩寺阿弥陀堂の樹齢800年の欅)
初瀬川が奈良盆地に着いて北西に流れを変えるあたりに、かつて海柘榴市(つばいち)と呼ばれた一帯がある。
万葉の時代に、男女が集まって歌をやり取りし、無数のカップルが生まれた賑やかな歌垣の地だ。
今はもう何も遺されていないが、食べ物や細工物を商うようなちょっとした出店や、知り合った男女が川の水音を聞きながら共寝をするような小屋や木陰などがあったかもしれない。
先に書いた通り、オハツセノワカサザキ王は、見初めたばかりの物部(もののべ)の影姫とここで待ち合わせし、姫は恋人の平群鮪(へぐりのしび)を呼んで二人を競わせた。
歌のやり取りで、影姫がすでに鮪と男女の仲になっていたことを察するや、王は家臣の大伴金村に命じて、彼を処刑してしまう。
鮪の葬送の列を、影姫は、今の東大寺のあるあたりまで追っていったという。
各種ガイドブックの地図には、海柘榴市、仏教伝来の地金屋、二体の石仏像など、地味ながらも観光ポイントであるこの近辺まではかろうじて載っている。
しかしそこから東の方向には、ゾクゾクするような歴史と伝説の谷が続いているのだ。
伝説の王カムヤマトイワレビコが軍勢とともに到来し、ワカタケルが大王として君臨し、四代後のワカサザキが世継ぎを遺さず崩御(かむあがり)した谷。
美しいうろこ雲が、この日の大和の空を覆っていた。
――そらみつ大和の国は おしなべて 我こそ居れ
しきなべて 我こそ座せ 我こそは・・・
(万葉集 雄略天皇御製)
(1)こもりくひとり旅
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