本日読んだギリシャ語の『形而上学』は第五巻「哲学用語辞典」第二章「原因」の最初の部分であった。
その部分の訳文を三つ対照してみると、現在のコロナ問題と関わってくるように思えたところがあった。訳語というのは翻訳者によってこうも違うものか、という例でもあり面白いと思った。
「二つのものが相互に原因をなす場合がある」という文脈で出された例
� 崑料爐老鮃�の因であり、また健康は体操の因である。」（川田殖＆松永雄二訳）
健康になるためには運動したほうがいいが、同時に体操をするには健康であることが前提となるというような意味だろう。訳語が違う訳文を以下にあげる。
�◆嶇�苦は幸福の原因であり、幸福はまた労苦の原因である。」（出隆訳）
��「勤労が健康の原因であり、健康が勤労の原因である。」（岩崎勉訳）
「体操、労苦、勤労」が同じ語の訳なのが分かりにくいだろうが、この元となった動詞「ポネイン」の意味は「苦労する、骨を折る、努力する、闘う、〜に忙しい、苦しむ、悩む、損害をこうむる、達成する、訓練する、苦労して手にいれる」と広い意味をもつ。私の辞書に「体操」はないが、これは名訳かもしれない。
同様に「健康、幸福」の原語「エウエクシア」は「丈夫、健康、強壮」で、私の辞書には「幸福」はない。ただ「エウ」（よい、よく）＋「ヘクシス」（状態、所有、姿勢、才）の組み合わせなのでそうも訳せる。出隆は健康だの勤労について語らず幸福と労苦を対にしたあたり、ロマンティストだなあと思った。幸福が労苦の原因というのは、今ひとつわかりにくいが（例のどちらが先か、論であろうか）。
コロナ自粛の中でも人々の間で運動が求められていることが、近頃とくに感じられる。人間も動物の一種なのだろう（子どもたちは特にそうだ）。また勤労は糧を求めての意味が強いにせよ、体や頭を動かしていないと辛いのが人間という動物のようだ。約2300年前の哲学者が健康や運動や幸福について語った、あまりに当たり前の文例がヘンに心に沁みる日々である。
ちなみに私はこれまでギリシャ語の訳を書いたあと二つの訳文（出隆の岩波文庫、岩崎勉の講談社学術文庫）を読んで答え合わせをしていたが中央公論の「世界の名著」の『アリストテレス』には『形而上学』の第5・11・12巻のみ訳出されていて、第５巻に到達したので今は三つの訳を読んでいる（どの訳も日本語が古めかしい）。新版のアリストテレス全集の『形而上学』はなお出ない。今出たら４つを対照するのは大変かもしれないが。
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