平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、
旧朝日村大鳥「旅館朝日屋」での起床は未明5時。天気は曇時々晴。
この季節にしては暖かく、未明に外へ出ても寒くはなかった。
宿を朝6時30分に出発し、鉱山関係の廃村 桝形(ますがた)を目指して、県道 鶴岡村上線を山に向かって走ると、
西大鳥ダムを過ぎたあたりで通行止の案内板があった。
通行止の案内板から桝形までは5kmほど。
会話をしながら道を歩くと、それほどの遠さは感じされない。
歩き始めて1�劼曚匹如�道沿い右手に大鳥鉱山時代(大正7年)の雪崩遭難慰霊碑が見つかった。
桝形鉱山集落は、大鳥鉱山(古河鉱業)の時代と、大泉鉱山(大日本鉱業)の時代に大別される。
大正7年の大雪崩は154名の犠牲者を出し、鉱山は休山となった。
昭和12年の鉱山再開は、軍事資源の確保を目的としたものと言われる。
画像1 西大鳥ダムを過ぎたあたりであった通行止の案内板
画像2 大鳥鉱山時代の雪崩遭難慰霊碑
(2018年11月11日(日)午前6時5分〜7時15分頃)
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