平成29年2月13日(月)、青森県の廃村めぐり、 下北半島に来ているのだから、大間崎や尻屋崎といった最果てまで行きたいところだが、時間は限られているので、旧川内町からはむつ市街を通り過ぎて、東通村に抜けて、太平洋側のR.338を南下して六ケ所村を目指
平成29年2月13日(月)、青森県の廃村めぐり、 野平(のだい)の探索には、かれこれ1時間かかった。続いて、4�劼曚廟邁爾砲△訐酘皀瀬爐卜�ち寄った。本州最北のダムで、ハイシーズンは仏ヶ浦に向かうクルマで賑わうというが、今は雪の季節、人の気配はない。
平成29年2月13日(月)、青森県の廃村めぐり、 電話ボックス対面に停めたクルマに戻って、靴を長靴に履き替えて雪原に建つ「留魂の碑」に向かって歩いた。といっても、電話ボックスから碑までは100mほど。天気は落ち着いていて、雪もほどよくしまっていて歩き
平成29年2月13日(月)、青森県の廃村めぐり、 野平小中学校跡からは、電話ボックスに向かって来た道を戻った。道の左右には多くの家々が残っている。開拓集落だけあって、家々は広範囲に散らばって建っていたようだ。野平高原は、ダイコンやレタスなどの産地
平成29年2月13日(月)、青森県の廃村めぐり、 電話ボックスのそばにクルマを停めたままで、東に向かって300mほど歩いて、野平小中学校跡を見に行った。野平小中学校は、へき地等級4級、児童数59名、生徒12名(S.34)、昭和23年開校、昭和56年閉校。学校跡は
平成29年2月13日(月)、青森県の廃村めぐり、戦後開拓の廃村 野平(のだい)には「留魂の碑」という離村記念碑があることが事前の調べでわかっていた。前日の夜、お酒を飲みながら 牛滝「まるた旅館」のご主人に、野平の碑について尋ねたところ、「電話ボッ
平成29年2月13日(月)、青森県の廃村めぐり、牛滝の宿を午前8時20分に出発し、戦後開拓集落の廃村 野平(のだい)を目指した。野平集落跡は川内ダム−牛滝間にあり、昨夕も通過しているが、日没後のため、探索はお預けになっていた。13年前にも「まるた旅館
平成29年2月13日(月)、青森県の廃村めぐり、牛滝の起床は朝6時頃、天気は曇。朝食をとった後は、集落の散歩に出かけた。平成16年1月に訪ねた頃、牛滝小中学校は本州唯一のへき地5級校だった。その後、平成20年、へき地4級校に変わった。陸路が整備されて、
平成29年2月12日(日)、秋田県〜青森県の旅、 佐井村牛滝は、平成16年1月、本州唯一のへき地5級地への旅の目的地牛滝小中学校がある漁業集落だ。牛滝もこの日の宿「まるた旅館」も、その時以来、13年ぶりとなる。漁師の宿だけあって、夕食は海産物の目白押し
平成29年2月12日(日)、秋田県〜青森県の旅、 七戸十和田駅から宿がある牛滝(下北郡佐井村)まではおよそ130�辧�「到着には3時間10分かかる」と見積もった。午後1時出発だったら、余裕で明るいうちに到着できるが、現実は2時間遅れの午後3時出発。どうあが
平成29年3月16日(木)、共同研究の発表がある日本生態学会の東京大会が早稲田大学であったので、数年ぶりに早稲田に足を運びました。正門の手前にはサクラが咲いていてびっくり。思いがけないところで、今年初のサクラに出会いました。 (2017年3月16日(
平成29年2月12日(日)、秋田県〜青森県の旅、 七戸十和田のレンタカー店では、「むつ市方面に行くのなら、下北半島縦断道路を使うと、野辺地市街をパスできますよ」とうかがったが、旧道のほうが雰囲気があってよいのはいつものことなので、アドバイスに従わ
平成29年2月12日(日)、秋田県〜青森県の旅、 新青森駅では、Tさん夫妻と一緒に特急券を購入するという重要なミッションがある。みどりの窓口に行くと、行列ができている。どうやら、「はやぶさ」は夕方5時台まで指定席は満席らしい。盛岡まではアキの席に
平成29年2月12日(日)、秋田県〜青森県の旅、 奥羽本線(大館−弘前)運休のための代行バスは、11時33分発に大館駅を出発した。「つがる」の大館駅発定刻は10時3分だから、この時点での遅れは1時間30分だ。七戸十和田に停まる「はやぶさ」の数は少なく、新青
平成29年2月12日(日)、秋田県〜青森県の旅、 90分遅れで鷹ノ巣駅を出発した弘前行き普通列車は10時43分、大館駅に到着した。「何とか12時30分までに、新青森まで行ってくれないかな」と思っていたら5分ほど停車したあと、こんなアナウンスがあった。「この
平成29年2月12日(日)、秋田県〜青森県の旅、 小摩当の本城谷さんに送っていただき、JR鷹ノ巣駅に到着したのは午前9時30分頃。曇りながらも雪は降っておらず、寒くはない穏やかな日和だ。計画では鷹ノ巣9時49分発の特急「つがる」で青森駅に出て、アウガで昼
平成29年2月12日(日)、秋田県〜青森県の旅、 鷹巣の宿「ビジネスホテル八木」で目覚めたのは朝6時。天気は曇りで、それほど寒くはない。まず、宿から5�劼曚匹諒臣呂僚戸� 小摩当(こまとう)を訪ね、昭和47年に廃村となった山間の集落 小摩当に住まれていた
平成29年2月11日(土祝)、秋田県の旅、 鷹ノ巣駅で200円のきっぷを買って、出かけたのは早口駅。平成27年秋の秋田・廃村調査(全12日)の9日目、「深沢の経験則」で、調査に黄信号がともったとき、レッカー車の運転手に送っていただいた駅だ。目的は、『秋田
2月11日(土祝)、秋田県の旅、 秋田内陸鉄道線鷹巣行きの2両編成ディーゼルカーは午後1時58分 角館駅を出発した。車内はなぜか海外からの旅人がたくさん乗っている。外の雪は強く、旧西木村エリアの車窓風景はすぐれなかった。分水嶺をトンネルで超えると、
2月11日(土祝)、秋田県の旅、湯田三吉神社からは、六郷市街の戸澤辰男さん宅に立ち寄せていただき、湯田での暮らしなどの話をうかがった。湯田の生業は炭焼き、キノコ採り、狩猟など、山村の色合いが強く、昭和20年代から40年代のことが、遠い昔のように感
平成29年2月11日(土祝)、秋田県の旅、横手からは、戸澤辰男さんが住まれる六郷市街に移動した。六郷は湧き水の里として知られる。戸澤さんは、湯田の山里から六郷に転居してからは市街の造り酒屋に勤め、工場長にもなられたとのこと。思いがけず、高橋酒造
2月11日(土祝)、秋田県の旅、後三年駅まで戸澤辰男さんに迎えに来ていただいてからは、南隣の横手に、かまくらを見に行った。かまくらは、雪とほとんど縁がない大阪人の私にとって遠い世界の象徴で、とても興味があった。祭りには早いのだが、本場横手のか
平成29年2月10日(金)〜13日(月)、東北の旅は山形県、秋田県、青森県に足を運んだが、秋田県は地域の人を訪ねる旅で、廃村めぐりは含まれていない。2月11日(土祝)は、美郷町湯田出身の戸澤辰男さんを訪ねて始発の奥羽線上りローカル電車で、秋田駅から飯
2017年2月10日(金)、山形県の廃村めぐり。 この日の宿は秋田市街。秋田文化出版の編集担当の方と川反という繁華街で『秋田・廃村の記録』の完成祝いの会を行った。秋田県には十数度足を運んでいるが、秋田市内、特に繁華街についてはとても疎く、川反(かわ
2017年2月10日(金)、山形県の廃村めぐり。 帰りのバスは14分遅れで米沢駅に帰り着いた。よく何とかつながるもんだ。新庄行きのつばさの米沢駅発は午後2時9分。1時間20分の行程、自由席はまずまず賑わっていた。天童あたりで、朝に峠駅で買った力餅を食する
本日(3/3(金))、「HEYANEKOのホームページ」の 「500か所超えへの道」の旅行記、新潟・富山以北 No.28 「長距離切符の途中下車で駅前廃村を訪ねる」 北海道浦幌町上厚内 をアップしました。 http://www.din.or.jp/~heyaneko/ 「旅心のページ」トップ
2017年2月10日(金)、山形県の廃村めぐり。 およそ2時間の西吾妻鉱山集落跡の探索を終えて、ロープウェイで天元台を後にする。ロープウェイの車掌(ガイド)は行きと同じ若い女性で、「何しに来たんだろと思ったでしょ」と話すと、「まれにスキー以外のお客
2017年2月10日(金)、山形県の廃村めぐり。 西吾妻鉱山の記念碑を背にして、スキー場のレストハウスを目指す。ペンション村のあたりまで来て、振り返ると、小さくなりながらも碑が見えている。リフトのあたりからも、500m離れたレストハウスからも碑は見えて