近頃、埼玉のコンビニで時々見かけるサッポロの北海道生ビール、北海道では見かけない感じがするけど、どうなのかな?
令和元年5月、岐阜県の廃校廃村探索、鶴見からは、いくつかのトンネルを抜けて徳山村に入った。昭和62年12月に初めて行って以来、平成の6回を経て、令和元年の今回は8回目。「どうしてこんなに繰り返し行くのだろうか」と自問自答してみる。それはきっと、行
令和元年4月、岐阜県の廃校廃村探索、助手席に妻を乗せて、岐阜羽島駅のレンタカー店を出発したのは午前9時頃。「令和最初の廃村は、徳山村にしよう」と国道417号を北上した(岐阜羽島−徳山村は63�辧法�しかし、藤橋城の引力に負けて、手前の鶴見(つるみ)
平成31年4月、山口県 萩諸島の無住化した離島 羽島(はじま)の探索、海洋パークセンターの探索は、それぞれのペースで行った。案内板には3つの建物(1号棟、2号棟、3号棟)と4つの広場(運動広場、園地広場、コミュニティー広場、いこいの広場)、テントサイ
平成31年4月、山口県 萩諸島の無住化した離島 羽島(はじま)の探索、港からクルマが通れる幅があるやや荒れた道を上がると、羽島海洋パークセンターの案内板、南無阿弥陀仏と刻まれた石碑、観音堂とお地蔵さんが見つかった。案内板には「閉鎖中」の標示があ
平成31年4月、山口県 萩諸島の廃校廃村探索、櫃島に続いては、南方向 約6�劼砲△覬�島(はじま)へ向かった。羽島は面積0.27k�屐�標高22m。本土の虎ヶ崎からは2�匱紊靴�離れていない。昭和35年には10戸84名の暮らしがあったが、昭和46年8戸44名が集団移転して
令和元年5月下旬、道北の廃村探索、3日目の探索 午後の部、4年前(平成27年5月)にも訪ねた幌加内町の添牛内駅跡を再訪した。まず、駅舎正面に駅名標ができたことが目を引いた。見比べると、屋根など傷んだ部分もあるが、壁などは塗り直されている。田中さん
令和元年5月下旬、道東の廃村探索、2日目の探索を終えた後、札幌へ帰る成瀬さんを見送るためバスが出発する滝上バスターミナルがある北見滝ノ上駅跡を訪ねた。駅跡は「駅舎記念館」として整備され、そばには図書館がある。今回の驚きは、何といっても季節外れ
3月末から4月初旬にかけて、ブログ、FB等で話題にしたNHK「ナビゲーション」住まなくなっても守りたい(東海・北陸7県ローカル)が、好評とのことで、明日深夜(日付をまたいで5月31日(金)0時26分〜0時51分)、NHK BS1(全国ネット)で再オンエアされること
令和元年5月下旬、道東の廃村探索、2日の宿泊地 西興部村上興部(かみおこっぺ)の駅跡は、「上興部鉄道資料館」として整備されている。2月に泊まったときは雪の季節、根性がなく行けなかった。今回は早朝、上興部中学校跡の宿「GA.KOPPER」から歩いて出かけ
令和元年亥年、3度目の廃村探索、猛暑の北海道(おもに道東)の廃村に行ってきました(2泊3日)。訪ねた廃村は、道東(オホーツク管内)滝上町滝奥、中雄柏、上雄柏、拓雄、湧別町緑蔭、紋別市上立牛、上古潭、上和訓辺、鴻輝、志文、沼ノ上鉱山、鴻之舞、雄
平成31年4月、山口県 萩諸島の無住化した離島 櫃島(ひつしま)の探索、昼食休みは、集落唯一の新しい建物 櫃島地域間交流施設に集まって取った。萩諸島観光関係のWebでは、櫃島は有人島として扱われていて、「定期船はなく、萩−櫃島海上交通組合 が本土との
平成31年4月、山口県 萩諸島の無住化した離島 櫃島(ひつしま)の探索、集落中央の三差路を左側に分かれた道は、かつてのタバコ畑へと続いている。5人でしばらく歩いてみたが、集落のそばに植え付けがされていない畑があるだけで、後は草生した平地が広がるだ
平成31年4月、山口県 萩諸島の無住化した離島 櫃島(ひつしま)の探索、分校の隣の神社(八幡宮)は、参道が草生していたが、石造りの鳥居、拝殿、本殿ともに整っていた。境内のリュウキュウエノキは日本最大級のものらしい。分校と神社の間には畑があって、
15年前(平成16年9月)に八丈島で土産に買ったソテツ、先の土曜日(5/18)、理事会の承認を得て、マンションの敷地内にある公園に移植しました。植高は1m、葉の直径は1.8mあります。よくここまで、バルコニーで育ったものです。無事に根付くことを祈るところ
15年前(平成16年9月)に八丈島で土産に買ったソテツ、いろいろ考えた移転計画ですが、先の土曜日(5/18)、一気に完了させることができました。ソテツは、理事会の承認を得て、マンションの敷地内にある公園に移設しました。穴掘り、運搬、植樹と、力添えを
平成31年4月、山口県 萩諸島の無住化した離島 櫃島(ひつしま)の探索、大島小学校櫃島分校は、へき地等級5級、児童数28名(S.34)、明治18年開校、昭和40年閉校。「どこにあるのか」と思っていた分校跡は、集落中央の三差路を右側に分かれた道の終点近くに
平成31年4月、山口県 萩諸島の無住化した離島の探索、尾島に続いては、東北東方向 5�劼曚匹砲△諫づ隋覆劼弔靴沺砲惴�かった。櫃島は面積0.83k�屐�標高90m。昭和35年には13戸98名、平成7年でも7戸14名の暮らしがあったが、平成17年頃から定住される方はいなく
平成31年4月、山口県 萩諸島の無住化した離島 尾島(おしま)の探索、事前の調べでは、尾島に残る建物は校舎のみで、他に何が残っているかは「行ってみてのお楽しみ」だった。港の岸壁は崩れていて、集落跡は藪に埋もれていた。「地理院地図」Webの地形図には
平成31年4月、山口県 萩諸島の無住化した離島 尾島(おしま)の探索、港の西側には、今も校舎が残る尾島分校跡がある。相島小学校尾島分校は、へき地等級5級、児童数16名(S.34)、明治18年開校、昭和40年閉校。6人が校庭の茂みを分けて歩いて行く中、私は堤
平成31年4月、山口県日本海側 萩諸島の無住化した離島 尾島(おしま)と羽島(はじま)、無住化したらしい櫃島(ひつしま)へのリベンジの旅、2日目(4月14日(日))、萩市街・旅館 芳和荘での起床は朝5時頃。宿から出ると、空は曇っていて風もそこそこ吹い
令和元年5月中旬、山形県の廃村探索、大石田町 三和炭鉱跡の探索では、現地で山菜採りを行った。私は、ゼンマイとコゴミを採り、ウルイというなじみがない山菜をプレゼントされた。さて、問題はこれをどうするかだ。探索のメンバーは「今日中にゆでないといけ
令和元年5月中旬、山形県の廃村探索、宿泊地 東根温泉までは、山形新幹線さくらんぼ東根駅で自転車を借りて向かった。山形新幹線の新庄延伸(平成11年12月)とともにできた駅で降りるのは今回が初めて。東根市も今回初めて訪ねたが、人口が増えているというの
令和元年5月中旬、山形県の廃村に行ってきました。訪ねた廃村は、大石田町の炭鉱集落 三和(さんわ)、東根市の戦後開拓集落 沼沢沼(ぬまざわぬま)の計2か所(初訪2か所)、メンバーは、三和が地域の方々と私の6名、沼沢沼が単独です。 ともに所在がはっき
平成31年4月GW、富山県の廃村探索、魚津市古鹿熊(ふるかくま)には、初訪時(平成26年7月)、クマらしき動物や、マムシにに遭遇したため、満足な探索ができなかったという因縁がある。今回は、春先の穏やかな風景を目指して、クルマを走らせたのだが、角川
平成31年4月GW、富山県の廃村探索、宿泊地 糸魚川からは、北陸新幹線でひとつ先の黒部宇奈月温泉駅へと向かった。北陸新幹線開業(平成27年3月)とともにできた駅で降りるのは今回が初めて。目的の廃村は、魚津市古鹿熊(ふるかくま)。改めて調べると、富
平成31年4月GW、長野県の廃村探索、沓津・堂平に続いては、さらに先、斑尾高原リゾートに近い戸数9戸(H.27)の現住集落 分道(ぶんどう)まで足を運んだ。沓津の春まつりで、神主から「分道の神社には御柱(おんばしら)が建っている」という話をうかがっ
平成31年4月GW、長野県の廃村探索、飯山からこの日の宿泊地 新潟県糸魚川まで、北陸新幹線だと2駅だがその本数は2時間に1本の時間帯があり、あまり近い感じはしない。沓津の春まつりが終わってから、乗る予定のはくたかの出発時間まで余裕があったことと、
平成31年4月GW、長野県の廃村探索、目的地 飯山市 沓津(くっつ)には、JR飯山駅で電動アシスト付自転車を借りて出かけた。沓津を初めて訪問したのは平成17年8月のこと。今回は平成25年10月以来6年ぶりで、トータル13回目になる。バイク、徒歩、バス+徒