平成28年10月9日(日)、兵庫県但馬の廃村、本見塚(もとみづか)への旅、 興味の対象は、何といっても分校跡である。本見塚の分校は「土本分校」といって、手前の集落 土生(はぶ)と本見塚の間に位置したが、その場所が本見塚地内のため、本見塚は廃校廃村
男鹿市(旧若美町)申川(さるかわ)は、男鹿半島の北側付け根あたり、『秋田・廃村の記録』本編62か所の廃村の中で唯一海辺にある。標高は10m(神社前)と極めて低く、男鹿市若美庁舎まで5�辧淵�ルマで10分)と近い。最盛期戸数は6戸、移転は昭和52年、個
平成28年10月9日(日)、兵庫県但馬の廃村、本見塚(もとみづか)への旅、カヤノからはR.178まで戻って、クルマを土生に向かって走ったが、途中あるはずの本見塚入口のT字路は見当たらず、そのうちに土生トンネルが見えてきた。この区間(香住−豊岡間)のR.
平成28年10月9日(日)、起床は朝6時。天気は雨のち曇り時々晴。智頭急行山郷駅そばの宿を出て、鳥取駅でクルマを借りて兵庫県但馬地方の廃村 本見塚(もとみづか)へと出発したのは朝9時30分。途中,居組駅,浜坂市街の土産物店,余部鉄橋跡,鎧駅に立ち寄っ
本日付けの農業共済新聞の文化面、「自著を語る」の枠に『秋田・廃村の記録』が掲載されました。寄稿依頼の連絡があったのは昨年12月中旬。年末年始を経て、1か月で形になりました。この話が来るまで知らなかったのですが、農業関係で全国展開する業界紙は3紙
兵庫県但馬の廃村、金山(きんざん)への旅、駐車場までの帰り道、不動尊のお堂を過ぎたあたりで、黒い猟犬のようなものが見下ろした先の道の落ち葉の中を横切っていった。猟期にはまだ早く、大きさから考えるとクマに違いなさそうだ。私は小声で「クマを見た
兵庫県但馬の廃村、金山(きんざん)への旅、標高510m、駐車場から1時間40分も歩く山の中にして、集落跡は整備されている。歴史を記した案内板や四阿があって、分校跡、往時の生活道など、わかりやすく残っているので、廃村の雰囲気を味わうには、よい場所と
兵庫県但馬の廃村、金山(きんざん)への旅、家屋跡の敷地がはっきりわかる集落跡を探索すると、五右衛門風呂の風呂釜が見られた。集落跡は整えられていて、風呂釜は「集落があったこと」を伝えるために残されているように見えた。 画像1:五右衛門風呂の風
兵庫県但馬の廃村、金山(きんざん)への旅、石積みの階段がある橋を渡って集落跡に到着したのは正午前。駐車場からは1時間40分で着くことができた。三方小学校金山分校は,へき地等級4級,児童数6名(S.34),昭和32年開校,昭和37年閉校。分校跡の木造校舎
月照滝を過ぎて、危うくて急な山道を上り詰めると、不動尊のお堂が建っており、その先には発電所の施設があった。金山入口の三差路を過ぎると,規模の大きな棚田跡の石垣があった。およそ集落があったとは思えない山中だが,この石垣は確実に後世に残ることで
平成28年10月10日(月祝)、起床は朝6時。天気は晴時々曇り。城崎温泉の宿の朝食には、地魚のカレイとハタハタが焼き魚として出てきた。城崎からは円山川沿いの道を走り、豊岡市街を通過し、江原からは阿瀬渓谷の案内板をたどり金山へと向かった。阿瀬渓谷は
昨日(1/3(火))、「HEYANEKOのホームページ」の「500か所超えへの道」の旅行記、岐阜・石川以南 No.26 「申年の 旅の始めは四国まで(2)」徳島県三好市山風呂 をアップしました。 http://www.din.or.jp/~heyaneko/「旅心のページ」トップでは、II No.26