平成30年4月、島根県益田市近辺の廃校廃村を目指す旅。猪木谷入口に戻り、滝谷入口(川平)に向かってR.488匹見川沿いを走っていると、川の対岸に渡るための野猿(やえん、ゴンドラ付きの索道)が見当たった。「珍しいから見ていきましょう」とクルマを停めて
平成30年4月、島根県益田市近辺の廃校廃村を目指す旅。猪木谷では、小学校跡の探索がメインとなった。亀山さんはいち早くスギ林となった敷地に乗り込み、ガイシなどを見つけられた。おきのくにさんによると校舎は閉校後まもなく取り壊され、跡地は畑として利
平成30年4月、島根県益田市近辺の廃校廃村を目指す旅、猪木谷の探索。猪木谷小学校は、へき地等級1級、児童数33名(S.34)、明治8年開校、昭和44年閉校(S.43 西益田小学校に統合)。離村時期は閉校数年後と思われるが、1戸が長らく残られた。かつての校地正
平成30年4月、山口県萩諸島改め島根県益田市近辺の廃校廃村を目指す旅、飯浦からは石見空港のそばを通るルートでR.9に出て、コンビニで各自昼食を調達し、R.488匹見川沿いの猪木谷入口に到着したのは9時45分頃。猪木谷(いのきだに)にはおきのくにカー、ハマ
平成30年4月、山口県萩諸島改め島根県益田市近辺の廃校廃村を目指す旅、道の駅 萩から県境に近い道の駅 田万川までは4台分かれて走った。移動中、おきのくにさんと私の間で煮詰めて、廃校廃村の探索順は、益田市猪木谷、旧日原町滝谷、西長沢、岩倉、笹田原、
平成30年4月、山口県萩諸島の無住化した離島 尾島(おじま)、羽島(はじま)とごく少数戸が残るらしい櫃島(ひつしま)をめざす旅、4月8日(日)、起床は未明5時15分、天気は曇。宿近くのファミレスで朝食をとった後、電話の天気予報で確認すると「西の風が
平成30年4月、山口県萩諸島の無住化した離島 尾島(おじま)、羽島(はじま)とごく少数戸が残るらしい櫃島(ひつしま)をめざす旅、出発日(4月7日(土))の午後は、美祢駅から、宇部興産セメント工場、秋吉台(みぞれが降って驚く)を経由して、萩市街をめ
平成30年4月、山口県萩諸島の無住化した離島 尾島(おじま)、羽島(はじま)とごく少数戸が残るらしい櫃島(ひつしま)をめざす旅、出発日(4月7日(土))、羽田空港に到着したのは朝6時42分。航空機(スターフライヤー便)内でふたつぎさんと合流。旅の行
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島(豊島)への旅、因島・家老渡バス停を11時55分に出発し、造船場の裏を通る県道を歩く。土生港到着は12時20分。待合室の店で土産を買って、10分後にはバスに乗り継ぐ。バスの車窓からはしまなみ海道を走るサイク
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島(豊島)への旅、フェリーが上弓削港を出発したのは11時40分。対岸の因島家老渡(かろと)港までは海路1�辧�5分で到着した。家老渡は造船場の塀が迫った殺風景な港だった。家老渡から向島行きのバスが出る土生港
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島(豊島)への旅、因島家老渡港へ向かうフェリーが出発する上弓削港に到着したのは午前11時。乗る予定だったバスも同じ頃到着した。上弓削には家屋が立ち並ぶが、港には名標と突堤、駐車場ぐらいしかない。港のす
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島(豊島)への旅、豊島発の快速船が弓削港に到着したのは午前10時。弓削島は面積8.6平方km、人口約3千人(H.27)。海苔が名産とのことで、スーパーで土産に買う。因島(家老渡)へ向かうフェリーは弓削市街(下弓
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島(豊島)への旅、豊島を出発したのは9時40分。帰路は弓削島で下船した。途中、左手に見える島影を地図で確かめたところ、それは昨年4月に洋上観察した四阪島だった。海路の距離は、弓削−豊島が8�辧�弓削−四阪島
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島(豊島)への旅、最後まで住まれていた方の家屋は、神社のそばに1戸しっかり建っていた。弓削局 郵便区全図(S.27.7)には漁港周辺に20戸、島全体で37戸が記されている。S.52年7月版でも漁港周辺に5戸、島全体で9
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島(豊島)への旅、豊島漁港には、意外なことに漁作業をされる方の姿があった。クルマのナンバープレートはついており、島外との行き来がありそうだ。何となく声をかけにくかったので、まず堤防沿いをぐるっとまわ
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島(豊島)への旅、豊島に滞在できるのは1時間10分ほど。「とにかく旧集落を目指そう」と「ヴィラ風の音」の建物群を抜けると、道は「いかにも瀬戸内の島」という感じの狭い歩道に変わった。分校跡は漁港の少し手前
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島(豊島)への旅、弓削小学校豊島分校は、へき地等級4級、児童数25名(S.34)、昭和19年開校、昭和44年閉校。豊島は江戸末期まで無人島だったということで、最初は戦後開拓集落と考えていたが、開校が戦前なので
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島への旅、因島土生港発 魚島行きの快速船が豊島(とよしま)に到着したのは朝8時30分、下りたのは親子連れの釣りの方と60代ぐらいの男性と私の5名だった。突堤から坂道へと向かうと、2匹の白いイヌに迎えられた。
昨日(4/9(月))、大阪からの帰途、東京駅から常磐線に乗って南千住に出向き、「大林」の様子を確認しました。噂通り、店は閉まっていて、入口には「本日は休業させていただきます」という小さな札が吊るしてありました。マンモス交番で尋ねたところ、「店
平成30年戌年、4度目の廃村探索、島根県の廃村に行ってきました。旅先の宿泊は山口県・萩の超伝統的旅館で、1泊(4/7(土))です。往路はスターフライヤー 羽田−山口宇部便、復路は新幹線 新山口−新大阪(途中下車)−東京を使いました。当初の目標は萩諸
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島への旅、因島土生港発 弓削島経由 高井神島・魚島行きの快速船は日に4便。うち朝(8時発)と午後(3時35分)の2便が豊島に立ち寄る。「無人島に定期船」は風流な話だが、釣りの方など一定の利用者はいるらしい。
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島への旅、三原港発は朝6時20分。高速艇が佐木島に立ち寄る手前で陽が上がった。海は島々に囲まれているため、入江のような感じがする。因島(広島県)土生港到着は朝6時55分。すぐ対面には生名島(愛媛県)があっ
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島への旅、17日(土)、三原駅近ビジネスホテルでの起床は未明5時15分、天気は晴。三原港は駅から300mほどしか離れていない。夜明け前の冷たい空気の中で港を眺めているうちに、因島土生港行きの高速艇がやってきた
平成30年3月、愛媛県・瀬戸内の無住化した離島への旅、3月16日(金)は定時までオフィスで勤務し、羽田空港に到着したのは夜7時50分。出発ロビーの人影はまばらで居心地がよい。しかし、飛行機に遅れが生じてしまい、ANA便が広島空港に到着したのは25分遅れの
冬の北海道の旅は5回目。うち3回は札幌雪まつりの頃に行っています。建国記念日(2/11)頃は、雪像が各所にできて見てるとなかなか楽しいものです。新千歳空港の人込みはうっとうしいですが、雪がしっかりあって、比較的日が長いので、行くとしたら2月中旬が