平成29年11月15日(水)、堀淳一先生がお亡くなりになりました(享年91歳)。謹んでお悔やみ申し上げます。私は堀先生が主宰していたコンターサークル-sのメンバーなので、5回ほど、先生にお会いしたことがあります。うち、平成26年5月下旬、北海道むかわ町の
平成29年8月下旬、日帰り旅で行けなかった徳島県の営林集落の廃村 谷道(たにみち)だが、年内にリベンジの旅に出かけたくなった。標高1000m超という場所柄、「早いほうがよい」と判断し、10月中旬の大阪行きに併せる形で計画を練った。そのうちに旅の計画は
平成29年8月26日(土)、徳島県の廃村探索、もうひとつの目標 営林集落跡 谷道(たにみち)は、ヨサクから祖谷山林道に入って6kmほどの場所にある。谷道入口(ヨサクから林道への分岐点)到着は予定通りの午後3時5分。「4WDに切り替えますか」と武部さんが備
平成29年8月26日(土)、徳島県の廃村探索、深渕(みぶち)集落内、最奥のヒチザオトシでは小さな畑があって、農作業をする方(Fさん、70代ぐらいの男性)の姿があったので、ご挨拶をして深渕についてお話をうかがった。Fさんからは、「深渕(アサギノ)には
平成29年8月26日(土)、徳島県の廃村探索、深渕(みぶち)集落内、県道44号線(三加茂東祖谷山線)を南へ進むと、分校跡の建物が見えてきた。落合小学校深渕分校は、へき地等級4級、児童数10名(S.34)、明治34年開校、昭和49年閉校。昭和45年度からの4年間
平成29年8月26日(土)、徳島県の廃村探索、高度過疎集落 深渕(みぶち)集落は3つに大きく分かれている。東祖谷局郵便区全図(S.48.7)には、川下方向から萱ノ窪(3戸)、アサギノ(3戸)、ヒチザオトシ(5戸、計11戸)と記されている。住宅地図で確認した深
深渕(みぶち、標高925m)は松尾川の最上流部にあるが、川沿いに車道はない。旧三加茂町中心部(標高70m)と深渕の間にある桟敷峠は標高1026mの高所にある。県道44号線(三加茂東祖谷山線)は細くてくねっており、前からトラックが来たら胆が冷える。桟敷峠は
平成29年8月26日(土)、徳島県の廃村探索。起床は未明4時頃。この年の8月の東日本(関東、東北の太平洋側)は、記録的な雨降り・冷夏に見舞われたが、この日の朝の浦和は曇、ただし暑くはない。羽田発7時5分のJAL便の徳島空港着は5分遅れの8時20分。「5分遅
「廃村と過疎の風景」第1集〜第9集、出展します(^_^;)●日時 2017年12月31日(日)10時〜16時●場所 東京ビックサイト(東2ホール“Q”ブロック−10a)サークル名:HEYANEKO*「コミケ93」(3日間開催)の3日目です。*出展するブロックのジャンルは、鉄道・
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 七里長浜広域農道を走り,34年ぶりにたどり着いた出来島では,台風の影響で荒れた日本海を見ることができた。つがる市木造出来島は、182戸487名(H.23)だから、まずまず大きい集落だが、七里長浜沿いに
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 母沢からは十三湖の周囲を時計と反対回りに走って,昭和58年3月の初めての東北の旅以来となる日本海に沿った漁村 旧市浦村十三、旧木造町出来島へ足を運んだ。「どんな感じかな」と思った34年ぶりの十三
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 廃村 母沢(もさわ)では、〆に枝道沿いを探索した。今泉母沢橋を渡ると、すぐに道を横切るように転がる細い丸太があった。クルマを降りて除けたが、どうもゲートの役割をしているらしい。林用軌道跡と
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 廃村 母沢(もさわ)では、県道沿いと枝道沿いを探索した。県道沿いでは、分校跡よりもやや上流側に建物と畑を耕す方(Mさん、60代の男性)の姿があった。ご挨拶をしてお話を伺ったところ、Mさんは母沢
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 廃村 母沢(もさわ)の分校跡は、特徴がある三差路のすぐそば、県道沿いにある。今泉小学校母沢分校は、へき地等級2級、児童数14名(S.34)、昭和27年開校、同42年閉校。五万地形図(小泊、S.40)の文
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 蟹田町 大山小学校跡=大山ふるさと資料館を出発し、県道(12号鯵ヶ沢蟹田線)を今泉に向かって走り、県道沿いの母沢(もさわ)に到着したのは午後1時30分頃。特徴がある三差路にクルマを停めて、林道に
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 蟹田町 大山小学校跡=大山ふるさと資料館には、メインの石器以外にもいろいろな展示物があった。 民具がたくさん置かれている教室があった。廃村探索で見かけるものもいくつかある。偶然見つけた名前も
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 JR大平駅のすぐそば、R.280(松前街道)を挟んで反対側に、郵便局跡のような建物が見当たったので、立ち寄ってみた。標札は「大山ふるさと資料館」、開館中とのことなので、ご挨拶して、中へ入った。係
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 蟹田を過ぎて、R.280(松前街道)と県道(12号鯵ヶ沢蟹田線)の分岐近くには大平というJR津軽線の駅がある。廃校廃村ではなじみのある名前でもあるので、立ち寄ってみた。廃校廃村の大平の読み方は、「
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 沖浦から津軽半島内陸北部の母沢までの距離は、陸奥湾沿岸の蟹田経由でおよそ90�劼△襦�時間を稼ぐため、IC二区間分(黒石IC−青森IC)だけ高速道路を走り、昼食休みは津軽線の駅でとろうと思ったが、蓬
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 虹の橋別荘地から沖浦橋近くに移動して、沖浦橋別荘地を歩いたが、碑の気配は感じられない。到着から40分経過し、「どこにあるんだろう」と少々焦り始めてきた。そのうちに別荘前に60代ぐらいの男性の姿
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 沖浦小学校は、へき地等級1級、児童数144名(S.34)、明治11年開校、昭和52年閉校。二万五千図(沖浦、S.48)と「地理院地図」Webを見比べると、道の駅は沖浦集落よりもやや下流側にあって、文マークは
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 発荷峠では、多少風が強かったが雨はあがっていた。展望台から十和田湖を見ると、しっかり見えるが雲が低い。木々が茂る十和田湖西岸のR.454を走り、滝ノ沢峠を越えて青森県に入り、浅瀬石(あせいし)
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 鹿角八幡平から沖浦までは発荷峠を越え、十和田湖西岸、滝ノ沢峠を通って、R.102を山から里へ向かう道を選んだ。十和田湖も昭和63年8月にソロツーリングで訪ねているが、平成2年8月に私には珍しくグルー
11月上旬、富山県の廃校探索、帰路に使った関西本線では、台風21号絡みの災害があって、柘植−亀山間が代行バスになっていた。昼下がり、柘植に到着し、草津線でひとつ目の油日まで行って、ひと仕事した後、夕方柘植に戻ってきた。「どうなることか」と思った
11月上旬、富山県南砺市の廃校廃村(桂、小瀬、奥大勘場、梨谷、臼中、刀利、中河内、北原)に行ってきました。うち、桂、臼中、中河内は初訪です。当初、桂の先の加須良(岐阜県白川村)と水無にも行く予定でしたが、ゲートにはばまれてしまいました。とりあ
平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 鹿角八幡平から沖浦までは発荷峠を越え、十和田湖西岸、滝ノ沢峠を通って、R.102を山から里へ向かう道を選んだ。台風が南からの空気を運んできており、気温は21℃と高い。途中、昭和63年8月に訪ねた大湯
本日(11/1(水))、「HEYANEKOのホームページ」の「500か所超えへの道II」の旅行記に、番外編 I「表紙撮影で三たび出かけた廃村」 〜 鳥取県鳥取市杉森,板井原 2016年 3月 をアップしました。 http://www.din.or.jp/~heyaneko/ 今年になって、ブログを